あなたの孤独を癒せる人になりたかった。でも、無理だった。
そう言って別れのキスをした後、それでも友達でいようと笑顔で新たな道を示してくれた彼女からの手紙を受け取った彼は、書かれている文面に目を通して大事そうに元の形に戻した後封筒にしまう。
ケンカすることもなくただ淡々とした日々を過ごし、どちらかが告げる別れの言葉をお互いに待っている、そんな空気に包まれていた日々を思い出した時、カウチソファの背もたれを跨いで肩に腕を乗せ、更にその上に顎を乗せた恋人が軽快な声で問いかけてくる。
「オーヴェ。今のはなーんだ?」
「・・・ラブレターだ」
「!?」
絶句する恋人にくすくすと笑い、冗談だから信じるなと告げようとするが、肩辺りからまるで冬を思わせる気配が漂ってきた為、笑みを苦笑に切り替える。
「冗談だよな?」
「昔付き合っていた彼女が久しぶりにこちらに帰ってくるという報せだ」
「・・・・・・・・・・・・昔の彼女」
冬を思わせる気配が一気に真冬の冷たさにまでなってしまい、随分と久しぶりに連絡が来たと苦笑しながら髪を撫でると、真冬の気配がほんの少しだけ和らいだものになる。
「結構長かったのか?」
「ああ。・・・一時は真剣に結婚まで考えたな」
だが、結局は友達のままでいようと別れの道を選び、今こうしてここにいると、手触りの良いくすんだ金髪を撫でつつ目を細め、振り仰ぐように顔を向けると驚くほど澄んだ青い瞳が平坦になった瞼の下から見つめてきていた。
「へぇ・・・結婚まで考えたんだ?」
「昔のと言っただろう?」
今はお前だけだと苦笑し、金髪を撫でていた手を移動させて首筋を撫で力を込めて引き寄せれば、大人しく顔を突き出してくる。
「でもさぁ・・・昔の彼女とよりを戻すなんて良くある話だぜ?」
「確かにそうだな」
「だろ?」
「・・・・・・そう言う誰かさんはどうなんだ?今まで何人と付き合ってきたんだ?ん?」
人の過去を疑い嫉妬する前に己の過去を洗いざらい話してしまえと、突き出された顔をしっかりと腕で抱え込んだ彼の言葉に、えーだのうーだのと言った意味のない言葉が重なる。
「ゼップに聞いただけでも軽く10人の名前があったぞ?」
「え?そんな事ないって!5人だけだ・・・って・・・うん」
「ふぅん?その5人とそれぞれ付き合っているときにはまた別の5人とも付き合っていた、とも聞いたぞ、リオン・フーベルト?」
「・・・・・・ゼップのくそったれ!ぶっ殺す!!」
「バカタレ」
「ぁてっ!!」
抱えた頭に平手を一つ落とし、今は不在の親友が暴露したからと言ってそんな事を言うなと睨んだ彼は、だってだの何だのと言い訳をする恋人の頬を指で突き、いつも付き合うときは二人同時だったそうだなと目を細め、今ももう一人いるのならば紹介してくれと意地悪く問いかけてみる。
「んな訳あるかよ!」
「ふぅん?」
「あ、信じてねぇな、その顔!!」
「冗談だ」
昔とは違い人としても成長しているだろうし二股を掛ける事などしないだろうと、恋人を全面的に信頼している様を見せると、その信頼に応えるかのような笑顔が浮かび上がり、それを見計らって顎を指先でツーと撫でながら問い掛ける。
「だから俺の言葉も信じられるな?」
「・・・・・・・・・ぅ」
なぁ、と、目を細めて誘うように呼びかけ、間近にある頬にキスをすると低い唸り声が聞こえ、ソファの背もたれを乗り越えた大きな体がのし掛かってきた為、押しつぶされるように身体を折ってしまう。
「リオンっ!!」
苦しいと訴えれば、腿の上に横座りをした恋人が不機嫌さと上機嫌さを器用に混ぜ込んだ表情で見つめてきて。
「オーヴェ」
「何だ?」
「今はお前だけだ」
こつんと額を軽く触れあわせながら囁く恋人に思わず笑みを浮かべそうになるが、その思いを何とか押し殺してわざとらしく溜息を吐けば、最大のショックだと言うように目と口を丸くする。
「さっき信じてるって言ったじゃねぇか!!」
「・・・・・・・・・なら俺の言葉も信じられるな?」
「それとこれとは・・・」
「同じだぞ、リオン・フーベルト?」
言葉の先を予測して畳み掛けるように目を細めて告げると、青い目がきょろきょろと彷徨った後、腹を括ったように一つ吼えて首にしがみつかれてしまう。
「シャイセ!!信じてるよ!!」
俺を信じるお前を信じている。
しがみつかれて叫ばれ、耳を押さえてしまいたくなる衝動を堪えつつ広く大きな背中をぽんと叩き、くすんだ金髪に手を差し入れる。
「リーオ」
「何だよっ」
「そんなお前を・・・」
愛している、その一言が恋人の口の中に溶けていくように口付けされ、身体が求めるままに目を閉じると、満足そうな小さな溜息が聞こえてくる。
「うん。俺も愛してる」
「ああ」
くすくす笑いながら額を重ね合わせる心地良さにうっとりとしていると、それを打ち破る様な声が聞こえてくる。
「その人とは今でも友達なのか?」
「・・・・・・ああ」
意外にしつこいと内心苦笑した時、今度その人に会ってみたいと言われてさすがに堪えられずに苦笑が表に出てしまう。
「会ってどうする?」
「オーヴェは今が一番幸せだって見せつけてやる!」
聞こえてきた言葉に目を丸くした彼だったが、こみ上げてくる笑いを堪えることが出来ず、逆に今度は彼が恋人の肩に頬を軽く当てて肩を揺らして笑ってしまう。
「笑うなよ」
俺は真剣なんだと口を尖らせている様を思い浮かべさせられる声が更に笑いを煽ってくれ、くすくすと笑いながら悪いと謝ってみるが当然ながらそれを信じて貰うのは難しかった。
「悪いなんて思ってないだろ、オーヴェ!?」
「思っていると言って・・・!?」
この野郎ともう一度吼えた恋人がさっきよりも強引に唇を重ねてきた為、咄嗟の出来事で目を白黒させてしまった彼は、束ねられている金髪を軽く引っ張ってみるが、絶対に離れないと言うようにキスをされて諦めから来る脱力の後、首にしっかりと腕を回して逆に抱き寄せる。
「・・・ん・・・っ」
「────は・・・っ」
お互いひとまずは満足するまでキスを奪い合い、銀の糸を引いて唇を離した時にはどちらも軽く息が上がってしまっている程だった。
こんな風に息が上がるキスをする様になったのも、今己の膝の上にどかりと座り込んでいる恋人と付き合い出してからだった。
久しぶりに手紙をくれた彼女やそれ以外の女性達とも数えられないほどのキスはしたが、それらはいつもどこか醒めたもので、口論になったり別れの気配が漂う頃には冷たいだの何だのと言われていたのだ。
その言葉を思い出してしまい、自分はそんなに冷たいかとの思いを胸に秘め、目の前の肩に額を軽くぶつけて目を閉じる。
「オーヴェ?」
「・・・何でもない」
「ふぅん────その手紙のお姉さん、絶対紹介して欲しいな」
あんたと付き合っている頃よりも断然、全く別人のように幸せになっているオーヴェを見せつけてやるんだと息巻く恋人にただ苦笑する事しかできなかったが、確かに振り返ってみればあの頃は本当に一人きりの世界に生きていたと、今頃になって漸く気付く。
賑やかで-どちらかと言えば騒々しい恋人だが、人の心を読む術は己よりも優れていて、今もきっと胸の奥に埋もれている思いを感じ取っているのだろうと苦笑し、顎を人差し指で持ち上げてやれば小首を傾げるように頭の角度が変わる。
「オーヴェ?」
「・・・リーオ」
さっきも言ったが、愛している。
ベッドの外ではあまり言わない想いを吐息に載せて届ければ、しっかりと受け止めた男前が、彼が惚れて止まない顔で笑う。
「分かってるぜ、オーヴェ」
密やかな告白を受け止めて金髪に手を絡めて抱き寄せ、ピアス穴が開いている耳朶を口に含むとくすぐったいと小さな笑い声が流れ出し、次いで同じ事をされてしまって小さく声が漏れ、既にソファに押し倒されてしまっていて、のし掛かってくる大きな身体の重さを口に出そうとしてもキスで封じられてしまう。
こんな風にベッド以外で抱き合うことも無ければ、飢えたようにキスを交わしあう事もなく、今まで付き合ってきた彼女達とはどんな付き合い方をしていたのかを思い出そうとするが、脳裏に浮かぶのは手紙の差出人である彼女の哀しそうな顔と、孤独を癒したかったという優しい言葉だけだった。
その言葉を思い出したくなくてキスの合間にしっかりと身体を抱き寄せると、同じように抱き寄せられる。
男二人が抱き合うとさすがに狭いが今はそれがありがたく、離れないように身を寄せていると、軽く勢いを付けた恋人が寝返りを打って逆に乗り上げてしまう。
「オーヴェ」
「何だ?」
「・・・幸せか?」
問われる当然の言葉にどう返事をするべきか思案するが、じっと見上げてくる青い眼に口を寄せた後、耳に直接流し込む。
「────お前がいるからな」
「そっか」
陽気で騒々しい程賑やかだが、不在になればなったで、静かすぎる事で不在を伝えてくる不思議な存在の恋人に目を細めると、嬉しそうな気配が全身を包み、見下ろした唇には太い笑みが浮かび上がる。
「やっぱりお姉さんには会いたいな」
「・・・・・・話だけはしておいてやる」
「絶対だぜ?俺と付き合い出してからオーヴェはこんなに変わったんだって教えてやらなきゃな」
逃がした魚は大きいって事を実感させてやると意地悪く笑う恋人の鼻を摘んだ彼は、そんなイジワルをするのならば連れて行かないぞと脅しを掛けると、呆気ないほど簡単に降参と手を挙げた為、くすくすともう一度笑いながら身体から力を抜く。
「リオン・・・お前がいてくれて良かった」
お前がいた結果、口論になったりケンカになったりもするが、それ以上に何よりも大切な事を教えてくれたと秘かに抱えた思いを告げれば、安堵したような、その信頼が嬉しいというような笑みを浮かべて目を細められる。
手紙をくれた彼女は孤独を癒したかったと言ってくれたが、今背中を抱いている恋人は独りにしない約束と恋人だけが呼べる愛称をくれたのだ。
そして、出逢う前の自分がどれ程孤独だったのかと言う事も教えてくれた。
今では友達として交流のある彼女を安心させる為に引き合わせても良いかも知れないと思い至ると、胸の奥にたゆたっていた何かが音もなく消え去っていくが、その後にそっと頭を擡げたのは、恋人に対する純粋な情だけだった。
それだけを抱えて鼻先にキスを落とし、目尻と唇の順番にキスをし、今まで抱えていた孤独が薄れている事を言葉ではないが態度で伝え、手紙をくれた優しい彼女にも伝えることが出来れば良いと願い、頭に回されている手の温もりに目を閉じるのだった。
2010/06/01


