079:名前のない歌

Kain&千暁

 「アキ、プレゼントがある」
 そう言って特徴的な赤毛の長身の恋人が何故か耳だけを赤くしてリビングに入ってきた時、千暁はやっと手に入れた古いレコードをプレイヤーにセットしようとしている時だった。
 「プレゼント?何?」
 「・・・・・・・・・・・・こっちだ」
 千暁の疑問には答えずに何故かリビングの掃き出し窓を全面的に開け放ったカインは、気をつけてこちらに運んでくれと声を掛け、その背中に張り付くように千暁がひょっこりと顔を出すが、運ばれてきたものを見た瞬間、腰を抜かしてしまいそうになる。
 「ちょ、カイン、それって・・・!!」
 「・・・・・・アキ、そこにいると邪魔だ」
 「わっ、ちょっ、ちょっと・・・!!」
 心底邪魔だと言いたげな顔で見下ろされて慌てて離れた千暁は、鄭重な手付きで運ばれてくる物をソファの背もたれから顔だけを出して見守っていたが、その後、時間を掛けてそれが姿を見せると、分かっていても驚きのあまりソファから転がり落ちてしまう。
 「・・・・・・何をやってるんだ?」
 「だって、カイン、いや、だって・・・!」
 リビングの床に座り込む千暁の横にしゃがみ込んだカインが何をぶつぶつ言っているんだとその顔を覗き込み、顔の半分近くあるとからかわれる目が更に大きくなっていることについ吹き出してしまう。
 「何だ、その顔は」
 「う、うるさいなっ!!驚かせるきみが悪いんだっ!!」
 吹き出すカインに真っ赤になった千暁が食ってかかるが、意識の半分は怒りよりも設置されている物へと向いている事にカインは気付いており、黒い髪にぽんと手を載せて真っ赤になった顔を覗き込む。
 「────アキ」
 「・・・・・・本当に?カイン、これ、本当に・・・?」
 「ああ」
 お前の物だと頷くカインに思わず飛びついた千暁だったが、第三者の視線に気付いて我に返り、カインを突き飛ばしてソファへと飛び乗る。
 その暴力行為に対してもただ苦笑したカインは、順調に設置作業が進むのを見守り、真っ赤になった千暁もソファの背もたれから再度顔だけを出して様子を見守るのだった。

 

 カインがソファで足を組んでワインを飲んでいると、何処でかは忘れたが聞き覚えのある曲が流れ出してきた為、音がした方へと身体を向ける。
 そこには、艶ややかな黒が綺麗なグランドピアノがあり、そのピアノの向こうでは小さな身体が気持ち良さそうに緩やかに左右に揺れていた。
 その揺れが曲と同調していてその曲に彩りを添えていたが、残念ながら音楽に関しては無知と言えるほど興味がないカインにしてみれば、曲の解釈がどうのと言われても理解出来ないが、この曲を弾いている千暁の顔が好きなだけだった。
 この表情を、ピアノを弾いている姿を見る為に、以前千暁が気に入ったと言ってずっと眺めていたグランドピアノを買い求めたのだが、音楽について全く無知なカインが一人で行って不都合があってはいけない為に、それなりに詳しいだろうウーヴェを無理矢理連れて行ったのだが、そのウーヴェも驚くような金額を躊躇することなく支払い、このピアノを買ってきたのだ。
 そのピアノを気持ち良さそうに弾く千暁をソファから見つめていると、心地よい音が止んでしまい、普段は音に関しては一切口を挟まないカインが珍しく続きを弾いてくれと強請ってしまう。
 「・・・・・・カイン、こっち来て」
 「どうした?」
 手招きをされてグラス片手に立ち上がり、ピアノに腕をついて顔を覗き込むと、上気した頬に満面の笑みを浮かべた千暁がカインの手を取り、白い手の甲をそっと撫でる。
 「・・・・・・・・・ありがとう、カイン」
 こんな高価な物を買ってくれてありがとうと小さな声で礼を言った千暁は、撫でていた手に逆に頬を撫でられて嬉しそうに目を細め、腰を下ろしていた椅子の端をぽんと叩く。
 「座って、カイン」
 千暁の言葉に素直に従って椅子の端に腰を下ろすと、先程とはまた違う曲が流れ出すが、その曲を聞いた事が無かったカインは、気持ち良さそうに弾く千暁に遠慮しつつも問いかけてしまう。
 「アキ、この曲の名前は?」
 「名前?────きみは何が良いと思う、カイン?」
 「え?」
 千暁の指が少しだけゆっくりと動き、スローテンポな、二人でゆっくりと踊りたくなるような気持ちがするとカインが告げると、千暁が踊りたいけどピアノを弾けなくなると笑ってカインに軽く身を寄せる。
 「もしかして、即興で弾いているのか?」
 「きみが気に入ったのなら、後で楽譜に起こそうかな」
 「出来るのか?」
 音楽については無知な自分には分からないが、即興で弾いただけの曲を楽譜にして残すことが出来るのかと問いかけると、今弾いている物とは少し違う形になるかも知れないと千暁が苦笑する。
 「そうなのか?」
 「うん。でも・・・・・・きみとぼくの曲なんだ。弾く度に変わっていくのも良いよね」
 たった今弾いている曲も譜面にすれば変わると思うが、自分たちの関係も日々変化をするだろう。
 その変化を楽しみたいしどんな風に変化するのかも楽しみだと穏やかに笑った千暁は、カインがグラスを床に置いたことに気付いたが、そっと手を取られて顔を向けると、初めて見るような穏やかさと真摯さが混ざり合った顔で見つめられて呼吸を止めてしまう。
 「────千暁」
 「う、うん・・・」
 千暁と発音しにくいからアキと呼ぶと二人で一つ屋根の下で共同生活を始めるようになった時に宣言されたが、その関係から進んだ恋人同士となってからカインが千暁に伝えたい思いがあるときにだけ呼ばれる名前にどきりと鼓動を跳ねると、まるでこの世で最上の宝物のように千暁の手の甲にキスをする。
 「愛してる」
 その、3つの単語で構成される言葉が持つ重みに気付いたのは、カインとこうして一緒に暮らすようになってからだが、その時の気持ちを再確認した千暁は、言われ慣れない言葉を告げられた羞恥から顔を赤くしてしまうが、それ以上にカインの表情があまりにも穏やかだったことに己の羞恥を吹き飛ばして赤い頭を抱き寄せる。
 「カイン、ずっと一緒にいよう」
 「ああ」
 「嬉しい時もちょっと哀しい時も・・・ずっと一緒にいて、このピアノを一緒に弾こう」
 抱えたカインの頭に口を寄せて囁いた千暁は、俺は弾けないから是非弾いてくれと笑われて素直に頷き、ぼくときみだけの曲を弾いていこうとも囁くのだった。

 

 この日以降、千暁は時間があればピアノを弾き、カインが休日の時には一緒にピアノの前に座ったり、友人達が来た時には腕前よりもピアノを自慢したいが為に千暁は鍵盤に手を乗せ、カインと自分の為の曲を気持ち良さそうに弾くのだった。

 

2013.01.08-02.09


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