078:熱愛

-Lion&Uwe-

 朝の気配が大きな窓を覆った木目のブラインドからそっと入り込み、それに気付いたのか、ウーヴェがぼんやりと目を開ける。
 薄暗い室内には夜の濃密な空気と朝の清涼な空気が混ざり合っていたが、目を瞬かせると同時に眠気が覚めてしまい、周囲を確認するように首を巡らせると、視界に短くなったくすんだ金髪が入り込み、枕に頭を預けて顔を向けると、子どものような顔で穏やかに眠るリオンがいた。
 ああ、リオンがいる。
 当たり前と言えば当たり前のその事に、不意に芽生えた思いを言葉にすることが出来ずにそっと起き上がり、寝起きは悪いのにウーヴェがいなくなるとすぐに目を覚ます不思議を苦笑しつつベッドを抜け出したウーヴェは、ベッドサイドに落ちたままのバスローブに袖を通すと、ホテルがある島の上空に広がる青空のような爽やかな青と白を基調とした部屋を見回し、ステッキを使わずに足を引き摺りながらブラインドを潜ってテラスへと出る。
 広い部屋同様の広い庭と下段部分にあるプールを見下ろし、籐のカウチソファへと腰を下ろすと同時に一仕事終えた直後のように溜息を吐く。
 庭の向こうに広がるのは紺碧の海で、顔を出し始めた太陽の光を受けてきらきらと輝くのを眩しそうに目を細め、早朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込む。
 新婚旅行でここに来て数日が経ったが、遠慮と少しの疲労から口論をしてしまい、その後いつもと比べれば濃密な時間を過ごすことで仲直りをし、二人の絆をより一層深めたのだ。
 それに自然と安堵の溜息が出るが、不意に今まで付き合ったあまり多くはないがそれでも確実にいた過去の彼女達との日々が蘇り、痛めた左足を抱えるように折り曲げると、立てた膝に腕を乗せて顎を支える。
 大学時代の彼女とは今思い出せるほどの深い関係になっていなかったように思え、クリニックを開設してから付き合いだした彼女はあの場所で不幸な事件に巻き込まれてしまう悲しい別れをしてしまっていた。
 付き合っている彼女にさえも壁を作り一線を越えさせていなかったことを、たった今抜け出したベッドで穏やかに眠るリオンの顔を思い出すことで気付かされ、生のある間に再会出来る人にも出来ない人にも申し訳ないと思うと同時に、今己が当時からすれば信じられない程の熱を持って人を愛している事にも気付く。
 「・・・冷たいと良く言われたのにな」
 彼女達と付き合っているとき、互いの予定が合わない為に大切なイベントや彼女の思いに気付かず、忙しいの一言で断った時など、良く人の心が分からない冷たい男だと詰られたことを思い出すが、それは今でも変わることはないようで、リオンと口論になると、拗ねたような目で恋する純情男の気持ちにまったく気付かない鈍感男とまで言われることがあった。
 鈍感とは言われたことがないと反論するが、そいつらは今までお前の何を見てきたんだ、それともそいつらは聖女のように優しかったのかとさらに反論されたこともあったと思い出す。
 「・・・鈍感、なんだろうな」
 過去を振り返り今ならばそう思えると苦笑するウーヴェの髪に太陽の光が反射し、白っぽい髪が銀色に輝き、紺碧の海も先程よりは明るい青へと色を変化させていた。
 その太陽の煌めきが別のものを連想させ、思い出されたそれにウーヴェが目を細め、手のひらを太陽へと向ける。
 掌に感じる熱が一晩中感じていた熱を思い出させ、日に照らされた白皙の頬をほんのり赤くさせるが、不意に胸を掻きむしりたくなるような焦燥感にも似た思いが芽生え、実際に胸に手を宛がう。
 こうして地上を遍く照らす太陽の光よりも熱く身を焦がせと言わんばかりに熱を分け与えてくる大きな手に抱かれていた昨夜を思い出すと、様々な言動が二人で乗り越えて来た過去の大切なものや忘れ去ってしまいそうな有り触れたものも自然と思い出されていく。
 さわり心地の良い長かった髪を掻き上げた時に見せる不思議そうな顔や嬉しそうな顔、いくつも開いているが今はウーヴェが初めてプレゼントした青い石のピアスだけが填まる耳にキスをした時に見せるくすぐったそうな顔や、キスをする直前の言葉では表せない幸福感を滲ませたものも思い出してしまうと、怒ったときの顔よりも楽しそうな嬉しそうな顔を圧倒的に思い出している事に気付く。
 笑顔でいてくれと望んでいるからとの思いもあるが、それ以上に幼い頃からの癖だと教えられた事を思い出し、それが自然になっていた事も思い出すが、不意にこちらを射すくめるような視線を思い出して鼓動が跳ねる。
 その瞳が好きでいつまでも見つめていたいと思っている事を折に触れ伝えていたが、その目が記憶の奥から真っ直ぐに見つめてきて、おかしなほど呼吸が苦しくなってしまう。
 過去に付き合っていた女性達もデートの時などに顔を見てキスをし言葉を交わしている筈なのに、ロイヤルブルーの双眸の強さに負けるのか、どんな色でどんな風に己を見つめてくれたのかも思い出せなかった。
 目を見て大小様々な笑みを浮かべると、思い出しただけでも呼吸が苦しくなる、そんな風に人に恋をしたことなどなく、それを通り過ぎた今、手を繋ぎ目を見て笑うだけで安らぎにも似た思いを抱ける愛情も感じた事はなかった。
 その相手がリオンで良かった。
 水底から沸き上がっては弾ける空気の泡のように浮かんできたその言葉を捕まえるように太陽に向けていた掌を閉じると、掌の中を通って心の中にその言葉が溶け込んでいく。
 己の思いが体内を一巡し、昇華されることなく巡り続けているのではと思案した時、欠伸とともに不満そうな声が背後から投げかけられたことに気付き、顔だけを振り向ける。
 「・・・起きたのか?」
 「・・・目ぇ覚めたらお前がいなかった。・・・何でこんなに朝早くから起きてんだよ」
 いつも言ってるがお前は年寄りかと、睡魔に囚われている理性が働かないのか、ウーヴェに対しては控えている口の悪さを露呈するリオンに苦笑し、隣に座るかと身体ごと振り返ると、ウーヴェの負傷していない右足を枕にリオンが仰向けにカウチソファに倒れ込む。
 「・・・オーヴェぇ、まだ寝てようぜ」
 「そうだな、起こしてしまって悪かった」
 自宅とは違うホテルで一人で目を覚まさせて悪かったと、まるで小さな子どもに詫びるように苦笑したウーヴェは、リオンの機嫌を取るためではないが、額を指で撫でた後そっとそこに唇を押し当てる。
 こうして甘えてくる姿も、また甘えさせる己も二人だけのものであり、リオンと付き合うようになってからするようになったため、何となく面映ゆい感じを抱いていたが、今では当然のものになり、再度額にキスをすると、リオンの片目が開いて見上げてくる。
 「・・・どうした?」
 「おでこばっかじゃイヤだなー」
 さっきから額にキスばかりしてくれるが、同じするのなら他の場所が良いと、ウーヴェの手を取って指先で己の唇を撫でさせたリオンに目を瞠るが、太陽から隠すように上体を屈めて顔を寄せ、希望通りに唇に触れるだけのキスをする。
 「・・・ベッドに戻ろうぜ、オーヴェ」
 「そう、だな」
 もう少しこうして一人で考える時間が欲しいと思ったが、リオンが己の望む笑顔で誘ってきて断れるはずもなく、一足先に立ち上がったリオンを追いかけるように立ち上がると、昨夜望むままに重ねた手を握りしめ、荒い息をあげさせられていた事を不意に思い出してしまい、自然と手が伸びて目の前の素肌に抱きついてしまう。
 「どーした?」
 「・・・ダメか?」
 急に抱きついてどうしたと問われても身体が勝手に動いたとしか返せず、目元を赤らめつつ少し上にある顔を見つめれば、愛してやまないロイヤルブルーの双眸が見開かれるが、次いで最も望む笑みを浮かべられる。
 「イイぜ」
 お前にはハグされるのもするのも好きと笑うリオンに少しの努力で羞恥を押し隠すと、同じような笑みを浮かべてその頬にキスをする。
 「・・・お前だけだ、リーオ」
 「へ?」
 「お前だけが・・・」
 過去に付き合ってきた彼女達よりも誰よりも、こんな風に気恥ずかしさを乗り越えた先で愛し合えると囁くと、先程よりも大きくリオンの目が見開かれる。
 「俺の太陽」
 昨夜もだったが、これからもお前の熱に浮かされていたいと細めた目で見つめると、リオンが鼻の頭を引っ掻くが、ウーヴェの膝裏に腕を回して軽々と抱き上げる。
 「俺と同じぐらい浮かされろ」
 皮肉気で冷たいと思われがちな、だが一歩中に入れば己と同じ体温を持つお前に出会ってからずっと熱に浮かされていたようなものだが、その境地に早く入れと太い笑みで唆すリオンに可能な限りの似た笑みを浮かべたウーヴェは、肩に回した腕を上げて室内を指さすと、いつもはあまり口にしない直截的な言葉をピアスの填まる耳朶に囁きかける。
 「リオン、リーオ・・・お前が欲しい」
 「イイぜ。好きなだけやる」
 ただし、あげた分だけ寄越せと笑われて返事の代わりに頭を抱き寄せると、昨日以上にかとも囁きかける。
 「そーだな」
 何しろお前がこんなにも積極的になってくれるなんて滅多にないと笑うリオンの素肌の背中へと手を下ろしたウーヴェは、ふんと鼻息一つで不満を表して背中に爪を立てる。
 「いて」
 「うるさい」
 「いてて。昨日と同じ所に爪を立てるなよ、オーヴェ」
 にやりと笑みを浮かべながらの言葉にウーヴェが再度鼻息で返事をするが、気分を切り替えるように再度耳朶に口付けると、このままベッドに連れて行けと命じる。
 「陛下の仰せのままに」
 「うむ」
 ふざけながらも体内に芽生える熱を徐々に大きくしていく二人だったが、開けっ放しのブラインドをくぐり抜けてベッドにウーヴェを下ろしたリオンは、上空へと向かおうとする太陽に顔を向け、今からの時間は太陽でさえも覗くことは禁止だと笑ってブライドを一気に下ろすのだった。

 

 昨夜と同じように快感に浮かされて息を荒げ、根を上げてしまいそうなそれに身体が自然と逃げを打つが、抑え込まれて引き寄せられ、抱きしめられて逃げられなくなる。
 その苦しさを抱いた背中に爪を立てることで伝えると、いてぇという悲鳴の割には嬉しそうな声が耳元で聞こえ、次いで中を埋めるものが更に奥を目指すように推し進められて顎が上がる。
 互いの背中を抱きしめる度に熱が上がったように思えるのは錯覚だろうかと思い、確かめるように見下ろす蒼い双眸を見つめると、望んでいるキスをしようと顔が近寄り、そのまま口を塞がれてしまう。
 快感も荒い呼気も互いの口内に溶け込ませ、抱きしめる形になっている背中に手を這わせると、頭を囲うように手をつかれて覗き込まれる。
 星の温度は赤や黄色よりも青や白い方が高温だと聞いたことがあるが、今欲と情を滲ませて見下ろしてくるロイヤルブルーの双眸は確かに熱いと、快感に霞む意識の中で思案し、青白い太陽があるのだろうかとぼんやりと考えるが、意識が他に向いた事に気付いたのか、リオンがウーヴェの顎を掴んでどう猛な笑みを浮かべる。
 「・・・何を考えた?」
 「・・・お前の、ことだ」
 「ふぅん」
 確かに俺の事を考えていたようだと、身体の反応から分かっていたが、何か面白くないと目を細めたリオンは、ウーヴェの足が腰に回されて拘束されたことに気付き、面白そうな顔で再度ウーヴェを見下ろす。
 「・・・太陽の事を、考えていただけだ」
 「そっか」
 それならば好きなだけ考えろと笑い、腰に回される足を掴んで窮屈な姿勢を取らせると、ウーヴェが白い喉を曝け出す。
 こんなにも心身の熱を上げる存在など今まで生きてきた中で誰もおらず、初めてのことに己がおかしくなったのではないかと考えてしまいそうになるが、その度にリオンにキスをされて先を越されてしまう。
 そうして何も考えられなくなるまで熱を上げ快感に溺れた後、忘失の瞬間を迎えるが、それでもどちらも離れる事が出来ず、背中を覆うように抱きしめられ、腹の前に回された手に手を重ねる。
 互いに熱を吐き出して心地好い気怠さの中でこうして触れあったままというのもリオンと初めて経験することで、何から何まで初めてづくしだと苦笑すると、何を思いだして笑っているんだと顔を覗き込まれる。
 「・・・さっきも言っただろう、リーオ。お前のことだ」
 「・・・癖が出てねぇからウソじゃねぇよな」
 「ああ」
 嘘をつくときのウーヴェの癖を見抜いているリオンの言葉に苦笑を深めたウーヴェは、掛け声を一つはなって寝返りを打つと、じっと見つめて来る蒼い双眸にキスをする。
 「オーヴェ?」
 「・・・お前、だけだ・・・」
 出会って短くない時間を過ごしたが、未だに熱を持ち続けられる相手はお前だけだと、睡魔の誘い声に乗った事を示す様に欠伸をしながら囁くと、リオンが何だってと聞き返しながら耳を口元に寄せる。
 「・・・liebe dich・・・リーオ・・・」
 途切れ途切れの告白にリオンが目を瞬かせたかと思うと、ウーヴェの肩に腕を回して満足そうに吐息を一つ。
 「俺も愛してる、オーヴェ」
 シエスタの国に新婚旅行で来ているのだ、本場のそれを満喫しようと小さく笑い、閉ざされた瞼にキスをしたリオンは、早朝から起き出したウーヴェの様子が気になっていたが、まさかお誘いを受けていつも以上に激しく求められた事に驚きながらも、毎日は無理でも週に一度ぐらいはこんな感じで抱き合いたいと素直な感想を抱く。
 「・・・まだ早ぇし、今日の予定は特にない」
 だから二度寝をして空腹で目覚めるまで二人こうして眠っていようと大あくびをし、一足先に眠りに落ちたウーヴェを追いかけるのだった。

 

 夢の中でも現実と同じ熱い腕に抱きしめられていたウーヴェは、同じ熱を返そうとするようにその腕を持つ身体を抱きしめ、穏やかも良いが熱に浮かされたように愛し合うのも悪くないと囁きかけるのだった。

 

2017.11.26
新婚旅行中のお話です。・・・・・・ホテルの方にチップをはずんだ方が良いよ、お二人さん(;゚ロ゚)


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