076:末期症状

Lion&Uwe

春から夏へと季節が移ろうのが、街路樹であったりカフェの店先に飾られた鉢植えの花が変化したことからも理解できるようになった初夏の夜遅く、季節がどれだけ移ろうとも人々のいざこざが移ろうはずも無く、些細な事をきっかけに起きた事件の捜査で街中を文字通り駆け回っていたリオンは、犯人の逮捕と事情聴取などを何とか終えて大きく伸びをする。
 「────あー、くそ、何でこれぐらいで人を刺すんだよ」
 人の仕事を増やしてるんじゃねぇと、逮捕した犯人の書類を見下ろしながら口汚く罵ったリオンは、背中合わせのデスクで書類の記入をしていた自他共に認める男前が身体を寄せて来たことに気付き、珍しいな残業かと笑いかける。
 「お前こそ珍しいじゃねぇか」
 「あー?クランプスに殴られたくなきゃやるしかねぇだろ?」
 「それもそうか」
 背中合わせに悪童の顔で笑うのは、刑事課は幼稚園でもなければ基礎学校でも無いと、上司が顔を赤くして怒鳴りたくなるような子供じみた言動をするツートップのリオンとジルベルトで、周囲でまだ仕事をしていた仲間たちも、定時になればすぐさま帰ろうとする二人が残っているのが珍しいと、己の仕事の手を止めて二人を交互に見る。
 「で、送検できそうか?」
 「なんとかいけそうだな。────残りは明日だな」
 「そうか・・・リオン、飲みにいかないか?」
 リオンが溜息一つで気持ちを切り替えたのか、続きは明日だと叫んでラップトップを閉じると、ジルベルトも背中合わせの癖にリオンの行動を読んでいる顔で誘いかけ、綺麗なお姉ちゃんがいるぞとも誘いかけるが、飲みに行くのは良いが、綺麗なお姉ちゃんはナシだと返されて盛大に驚いたように身体ごと振り返る。
 「何だって?」
 Wie Bitte?と聞き返す同僚の男前の顔にニヤリと笑いかけたリオンは、女がいてもいなくてもどちらでも良いから飲みに行こうと呆気に取られるジルベルトがおかしいと言いたげに笑みを深める。
 「お前と飲むのは良いけど、今日はお姉ちゃんの邪魔はいらねぇ」
 「・・・・・・何が悲しくてお前と二人で飲まなきゃならねぇんだ」
 綺麗なお姉ちゃんがいてこそ楽しいのにと、心底悲しそうな、だが双眸にだけは違う想いを浮かべたジルベルトの言葉に誘っておきながらなんだその言葉は、いい加減にしろくそじじいと、立て板に水の如く文句が流れ出し、いつものようにそれにジルベルトが返事をした為に言葉の暴投が始まる。
 「お前らー、仕事終わったのならさっさと帰れー」
 まだ仕事をしないといけないものもいる前でいちゃつくなと、不機嫌な顔で煮詰まったコーヒーを飲みながらコニーがぼそぼそと呟き、それを聞き咎めたジルベルトが、誰もいちゃついていないと返すと、リオンもその通りだと拳を握る。
 「その仲の良さだ」
 仲が良いのはもう分かったからさっさと帰れと、今度はあからさまに二人に向けて手を振ったコニーは、大人しく帰り支度を始めた二人にまた明日と声を掛け、己のデスクに山積みになっている書類の山を崩し始める。
 「どうするリオン、飲みに行くか?」
 「いや、今日はやめる。また今度行こうぜ、ジル」
 「ああ。お疲れ」
 「おー。お疲れ。ジジイは早く帰って家で寂しく寝てろよ」
 帰りがけのジルベルトの言葉に込められた想いなど気付きもしないリオンが、気分が変わったし今日は帰ると告げてジルベルトの腰を一つ叩いて憎まれ口も叩くと、仕返しとばかりに拳が腹に押し当てられる。
 「ぐぇ」
 「うるせぇ。お子ちゃまは一人寂しくベッドでマスかいてろ」
 「そこ!教育的指導入るわよ!!」
 ヒートアップするキャッチボールの色合いが微妙に変化し始めた事に素早く気づいたのは、同じく帰り支度をしていた紅一点のダニエラで、体育のコーチが持っていそうなホイッスルを吹く真似をした為、二人同時に首を竦めてまた明日と言い残して部屋を出て行く。
 「まったく、あの二人はいつもああなんだから・・・・・・!」
 憤懣やるかたない顔で腰に手を当てる彼女に無言で肩を竦めたコニーだったが、ダニエラも早く帰らないと彼氏が待っているのではないかと、無意識に二人の同僚を救うように話題を切り替えると、確かにそうだと彼女も気分を切り替えてくれる。
 「また明日、コニー」
 「おー、また明日」
 一人また一人と帰路につく同僚を見送ったコニーは、デスクに置いた携帯にずらりと並ぶ着信履歴にも無言で肩を竦め、自らも今日の仕事を切り上げて帰り支度に取り掛かるのだった。

 

 

 ジルベルトの誘いを断って自宅に戻ったリオンだったが、男一人暮らしのキッチンにあるものと言えば、ビールやツマミ程度のプレッツェルで、冷蔵庫を開けても寂しく鎮座しているのは、どんな理由で買ったのかすら忘れているオレンジだけだった。
 牛乳すらない事に舌打ちをして冷蔵庫を荒々しく閉じたリオンは、ビールの王冠をシンクの端に引っ掛けて無理矢理開けると、ボトルに口を付けたままベッドに座り、滅多に見ないテレビをつけるものの、普段見ることのないそこから流れ出す音や言葉に募るのは殺伐とした寂寥感だけだった。
 「・・・・・・チッ」
 何故自分がここまで苛立ち寂しさを感じているのかが理解出来ずにビールを飲み干したリオンは、面倒くさいの一言でボトルをシンクめがけて投げ、大きな音を立ててそこに落ちるのを見届けるでもなくベッドに寝転がる。
 今までこんな時はどうしていたと、横臥しながらぼんやりと過去の己と向き合ったリオンは、いつもならば彼女かもしくは遊び友達–端的に言えばセフレ–と一緒にいたはずだと思い出し、何故今いないのかと思考がたどり着いた瞬間、脳裏にまだどこか冷たさを感じるがそれでも日に日に眼鏡の下の目が優しくなっていく年上の恋人の顔が浮かび上がる。
 半年程前の自分達の誕生日に初めてキス以上の関係に進んだ自分達だったが、男と付き合うなど初めての経験で、今までの彼女達の様に付き合えばいいのか、それとも何か特別なことをしなければならないのかが分からず、あの日から特にキス以上の事はしてこなかった。
 付き合いがあろうとなかろうと、目と気が合うと分かったら寝ていた様な即物的な己が、何をして良いのかがわからずに戸惑っていることが可笑しくて、ベッドの上で肩を揺らしていると、履いたままのジーンズの尻ポケットから振動が伝わってくる。
 「ハロ」
 誰かを確認せずに取り出した携帯を耳にあてがったリオンは、聞こえてきた声に思わず飛び起きてしまう。
 『リオン?今話しても平気か?』
 その声はたった今己の脳内で言葉を交わしていた彼、ウーヴェのもので、なんというタイミングだと感心しつつも平気だと答えると、意味の分からない沈黙が伝わってくる。
 「オーヴェ?どうした?」
 『あ、ああ、いや・・・最近忙しいのか?』
 電話もなければクリニックに来る回数も少ないから忙しいのかと思ってと、何やら他の思いを抱えていそうな声にリオンが蒼い目を瞠り、忙しいが明日でそれも終わると返すと、そうかと安堵のため息とそれをこぼしている顔が溜息と共に脳裏に響く。
 電話で話をする暇はあるかと、こちらを気遣う気持ちと忙しさが終わると伝えると同時に言葉ではなく吐息だけでも分かる安堵感を察したリオンは、胡座をかいて天井を見上げ、ボロくて古い室内を見回し、あれから何度か訪れた恋人の驚くほど広くて立派な部屋を想像し、その差に乾いた笑い声を無意識にこぼしてしまう。
 『リオン?』
 「んー?」
 『どうした?』
 「いや、汚ねぇ古い部屋だなーって思っただけ」
 『は?』
 リオンの突然の笑い声と聞こえてきた皮肉を通り越した冷淡な声に驚いた様に問われて肩を揺らしたリオンは、再度ベッドに寝転がりながら右手を天井に向けて突き出し、何かを握りつぶすかの様に拳を作る。
 「────逢いてぇなぁ」
 『・・・・・・』
 電話回線を通じて話をするのではなく、直接顔を見て温もりを感じつつ話がしたいと、今まで付き合ってきた彼女達には感じることの無かった思いを吐露してしまい、何を言っているんだと自らの言葉に驚愕したリオンは、今のは取り消すと言いかけるものの、小さな小さな声が、俺もそうだと答えたのをしっかりと聞き、もう一度と掠れた声で囁いてしまう。
 『────リーオ』
 それは、ウーヴェだけが呼ぶリオンの名で、クリスマスイブの夜に初めてセックスをしてから、舌足らずな甘えた様に呼ばれるたびに身体の奥が熱を帯び、どうしようもなくなる感覚に全身が包まれる呼び方だった。
 それを電話越しに聞かされ、殺伐とした心に一気に熱が溢れ、堪える事が出来なかったリオンは、天井に向けて築き上げていた拳で壁を殴り、誰にも聞かせた事がない声を絞り出す。
 「オーヴェ、逢いてぇ・・・・・・!」
 『・・・・・・ああ』
 バイクも車もないが電車かタクシーを使えば逢いに行ける距離に住んでいるが、何故かあの家には行ってはいけないとの思いが強く、だが逢いたい思いを押し殺すことも出来なかったリオンは、どうすることも出来ない現実に歯軋りをし、その合間に幾度も逢いたい、顔が見たいと喉を震わせる。
 「・・・・・・明日、時間作ってクリニックに行くな、オーヴェ」
 『・・・・・・忙しいんだろう?』
 無理をするなと己の身を案じての言葉だと分かっているが、俺が行くと言っているのだから行くと、誰の制止も受け付けない声で返事をすると、程なくして諦めの溜息が聞こえてくる。
 『分かった。明日は午後からなら時間があるからいつでも来い』
 明日は幸いなことに午後の診察は休診で、クリニックで事務処理をしているからと答えられ、明日とにかく行くことを伝えたリオンは、夜もそろそろ遅くなっていて、規則正しい生活をしている恋人は眠りに就く頃だと気付くと、携帯にそっとキスをする。
 『リオン?』
 「おやすみ、オーヴェ。寝る前に声が聞けて良かった」
 一番望んでいるのは顔を見てお休みと言えることだが、今夜は声を聞くだけで満足することにしようと、己の本心を必死に押し殺しながら囁くと、一瞬沈黙が生まれるものの、そうかとだけ返されて握った拳を枕に押し付ける。
 「ああ。お休み、オーヴェ。愛してる」
 『俺も、愛してる』
 お休みを伝えたはずなのに違う嬉しい言葉が返って来ることに一瞬違和感を抱いたリオンだったが、思いを口にして少しはすっきりしたのか、大きく欠伸をしてついでに伸びをする。
 「明日もクランプスと戦って来る」
 『警部によろしくな』
 「ああ」
 じゃあと再度キスをし同じくキスを音で確かめたリオンは、ついぞ聞こえてこなかったおやすみの言葉を脳内で記憶の中のウーヴェに囁いてもらうと、通話が終わった携帯を床に投げ出して腕で目元を覆い隠す。
 今までの彼女達であれば時間が何時でも自分が会いたいと思えば呼び出したりしていたが、ウーヴェに対してはそれをしてはいけないのではないかとの思いが強く、逢いたい思いを押し殺す事が増えてきていた。
 逢いたいのならば会えばいい、以前まではそう嘯いていた己の体たらくは何だと、笑いに肩が自然と揺れてしまうのを抑えられなかったリオンだったが、馬鹿馬鹿しいと吐き捨ててベッドから起き上がり、ボロボロのシャワーカーテンがかかっているバスルームに向かいながらジーンズやシャツを脱ぎ捨てて行く。
 シャワーを浴びて頭を洗い、気持ちまで洗い流した様にさっぱりした顔で出てきたリオンは、濡れた髪をおざなりに拭いただけでベッドに戻ろうとするが、さっきと同じ様にビール瓶の王冠を開けたるが、壊れかけのドアベルが微かな音を立てた気がし、何事だとドアへと目を向ける。
 今の音は間違いかと首をかしげるリオンの耳、今度はしっかりと意思表示されたノックの音が聞こえ、こんな時間に誰だと、ベッドサイドの時計に目をやるが、もう一度ノックが繰り返されるだけではなく、床に投げ出していた携帯が振動していることに気付き、まさかと携帯を取り上げて耳に充てがう。
 「ハロ」
 『・・・・・・開けてくれないか、リーオ』
 ドアを開けてくれ、その一言が聞こえた瞬間、己がシャワーを浴びたまま裸であることも忘れてドアを開け、クリニックでは決して見ることのないラフな格好の恋人が、リオンの裸に一瞬驚くものの、シャワーを浴びていたことを素早く見抜いた顔でそれでも溜息を零すのをぼんやりと見ていたが、中に入ってもいいかと小さく問われて身体をずらしてウーヴェを部屋に招き入れる。
 「・・・・・・もう寝るところだったのか?」
 「あ、ああ・・・」
 ドアを閉めて戸締りもしっかりとしたリオンは、微苦笑しつつ見上げて来るウーヴェに呆然と頷くが、目の前にウーヴェがいる事実が信じられなくて、本当にウーヴェかと馬鹿な質問をしてしまう。
 「ああ・・・・・・俺も、逢いたかったと言っただろう・・・?」
 さっき電話で俺もそうだと言っただろうと眼鏡の下で穏やかに細められるターコイズ色の双眸を見た瞬間、リオンの抑えが一瞬で吹っ飛んでしまう。
 「────っ!!」
 逢いたいと思っていたが、逢いに行ってはいけない思いが強く何とか堪えていたが、恋人からも俺も逢いたかったと言われて我慢できるほどリオンは達観してもいなければ淡白でもなかった。
 驚くウーヴェの痩躯をきつく抱き締め、苦しいと腕の中から聞こえてきても腕の力を緩めることが出来なかったリオンは、宥めるように背中を撫でられたことに気づき、ようやく腕の力を少しだけ緩めるが、離れたくない思いから額と額を重ねてきつく目を閉じる。
 「オーヴェ・・・オーヴェ・・・」
 「ああ、どうした?」
 俺はここにいると、額だけではなく手を重ねてしっかりと握ってくれるウーヴェの名を繰り返し呼んだリオンは、さっきとは打って変わった弱々しい力でウーヴェの頬を両手で挟むと、壊れものを扱う丁重さでそっとキスをする。
 「────ん」
 「・・・あぁ、オーヴェだ」
 本当にウーヴェがいると、信じられない僥倖に顔を綻ばせたリオンは、ウーヴェの腕がそっと腰に回されて肩に甘えるように身を寄せてきた事にどきりと鼓動を早めるが、自分から甘えてくれるなんて嬉しいと白とも銀ともつかない髪に見え隠れする耳に囁きかける。
 「・・・ダメ、か?」
 「まさか!嬉しいって言っただろ、俺」
 だからもっと甘えろとも囁くが、狭いとは言え部屋の真ん中で素っ裸で恋人と抱き合っている事に不意におかしさを感じ、下着ぐらい履くと苦笑すると、ウーヴェの頭が考え事をするように傾ぎ、そのままベッドに入れば問題ないと、情よりも欲を強く感じさせる笑みで誘われ、ロイヤルブルーの双眸を限界まで瞠ったリオンは、耳と目尻のホクロを赤らめたウーヴェに気付き、壊さない程度の乱暴さで眼鏡を奪い取ると、冷蔵庫の前の小さなテーブルにそれを放り出し、苦情を言うために開いたウーヴェの口を己のそれで封じるのだった。

 

 

 女の独特の柔らかさとは違う、端的に言えば己と同じ硬さの身体を組み敷き、耳元に響く熱の籠った声と吐息と触れた場所から伝わる快感に煽られ、胸に芽生えていた寂寥感を餌に獣が抑えきれない咆哮をあげる。
 「────っン・・・!!」
 物心ついた時から飼っていた獣は、一時の空腹を満たす存在では満足せずに咆哮し続けていたが、今もその声にリオンが突き動かされてウーヴェの己に比べれば遥かに細い身体に爪痕を残して行く。
 「・・・あ、・・・・・・はっ・・・んんっ」
 珍しく枕を抱けと告げ、その通りにするウーヴェのモノにゴムを付けると、己にも手早くゴムを着け、尻を無造作に掴んでただ早く突っ込みたい一心でジェルで少しだけ柔らかくなったそこに突き立てる。
 「────!!」
 枕を抱いた腕や背中に緊張が走り、痛みを感じていることに気付いたリオンは、早急な動きをギリギリの思いで止めると、硬さを無くしたようなウーヴェのモノに手を絡め、痛みよりも気持ち良さを感じ取って欲しい一心で手を動かすと、細く締まった腰がびくりと揺れ、顔を押し付けた枕からくぐもった快感に滲む声が流れ出す。
 その様子から大丈夫と判断し、それでもゆっくりと中に入って行くと、ウーヴェの身体が小刻みに震え始める。
 「あ・・・あ、あ・・・・・・っ!」
 「まだ、だぜ、オーヴェ」
 まだイクなと伸び上がって耳に囁けば、目尻を赤く染めたウーヴェが肩越しに振り返るが、その頬に音を立ててキスをし、腰を掴んで引き寄せると顎が上がる。
 「──ん、アっ!!」
 「・・・気持ち良いんだろうけど、ちょっとだけ声、ガマンしてくれ」
 何しろここはお前の広い家とは違って壁も薄いしボロいアパートだとリオンが申し訳なさそうに囁くと、ウーヴェの口を手で覆う。
 くぐもった嬌声を掌で受け止めながら腰をぶつけ時折ウーヴェのモノを強弱を付けて握ると、手の中の声が零れ落ちるほど大きくなり、身体の震えも大きくなってくる。
 まだ数えるほどしかこうして抱き合っていないのに、互いの気持ちの良い場所は深く探るでもなく発見できている事に密かに感心していたリオンは、お互いに男と付き合うのは初めてのはずだから誰かがこのようにしたのではない事をウーヴェの中に身を沈めながら考えていたが、気持ちいい場所を突いたらしく、リオンの手を振り払うようにウーヴェが頭を振り、リオンの手に途切れ途切れの嬌声と唾液を落とす。
 付き合いだした当初からは想像もできない、色に染まったウーヴェの顔と声とターコイズの双眸にリオンの中で何かが弾け、遠くで耳に馴染んでいる獣の咆哮を聞いた気がしたリオンは、普段は滅多に見せることのない白い首筋に歯を立てるが、その時小さく響いた嬌声とはまた違った声の由来にまで思いを馳せることが出来ず、自身でも驚くほどウーヴェの痩躯を貪り、掠れて途切れる声しかウーヴェが出せなくなるまでただがむしゃらに抱いてしまうのだった。

 

 

 弛緩した全身をベッドに投げ出しているウーヴェをちらりと見やり、やり過ぎたと反省しつつ炭酸水を持ってきたリオンは、壊れた人形のように横たわっているウーヴェの身体のあちらこちらに強く吸った跡が残っているのに気付き、反省の思いを強くする。
 「オーヴェ、水、飲むか・・・?」
 彼女たちに見せていた気遣いとは全く違うそれを見せつつそっと呼びかけると、茫洋としていたターコイズに一瞬波風が立つが、ノロノロと挙げられた手に気付いてその手を握ると、強引に引き寄せられて前につんのめってしまう。
 「わっ!」
 ウーヴェに激突してはいけない思いから咄嗟に手をついてなんとか衝突を避けたリオンは、水を飲ませろと命じられて素直に従うようにボトルを開けて口を向けるが、寝ているのに飲める筈がないとニベもなく言い放たれてこれもまた素直に頷き、ウーヴェの腕をとってベッドに座らせる。
 「────尻と腰が痛い」
 「・・・・・・俺は、気持ちよかったです、はい」
 ベッドに座って溜息を零しつつリオンの手からボトルを受け取ったウーヴェは、ジロリと蒼い双眸を睨みつつ不満を零すと、リオンが申し訳なさそうにウーヴェの横に潜り込み、やけに丁寧な言葉で気持ち良かったと呟く。
 「バカタレ」
 「・・・・・・う」
 「何があったかわからないけど・・・・・・次からはもう少し優しくしてくれ、リーオ」
 女性にするようにもっと優しくしてくれと、己を女性扱いして欲しくないがそれでもさっきのセックスは身体の節々が痛いと苦笑するウーヴェに目を瞠ったリオンは、恐る恐るウーヴェの肩に腕を回し、跳ね除けられない事に安堵の溜息を深々と零すが、隣から差し出されるペットボトルに気づいて目を瞬かせる。
 「飲むか?」
 たった今口にしたように身体が辛い筈なのにリオンのことを気遣えるウーヴェに何も言えなかったリオンは、要らないのかと問われて頭を左右に激しく振るが、要るか要らないかどちらだと苦笑しつつ問われてウーヴェを両腕で抱きしめる。
 「こら、水が溢れる」
 「構わねぇよ」
 それよりも今はこうしたいんだと、己の思いを口に出来ない不器用な子供の顔でウーヴェにしがみつくように抱きしめたリオンは、溜息の後に水をサイドテーブルに置いたウーヴェの手が背中に回されたことに気付き、抱いている時とはまた違う強さで抱き締める。
 「・・・ダンケ、オーヴェ」
 「・・・・・・明日、いつものカフェで朝食を食べるぞ」
 「ああ・・・一緒に食っても良いか?」
 抱き締めながら交わす言葉から未来の自分達の様子を探ったリオンは、当たり前だろうと憤懣やる方無い声で告げられ、お前の支払いで食べるのだから一緒に来いとも告げられて思わず声を大きくしてしまう。
 「うるさい」
 耳元で騒ぐなと顔を顰めるウーヴェに尚も言い募ろうとしたリオンだが、口で文句を言う程ウーヴェが怒っているわけでも呆れているわけでも無いと気付き、甘えるように顔を寄せると、再び溜息をつかれるものの、これもまた跳ね除けられる事もなく、逆にくすんだ金髪に手を差し入れられて優しく撫でてくれる。
 こちらが無体を敷いたとしてもそれを受け入れるだけではなく、何があったのかまで案じてくれるウーヴェの優しさと強さの一端を感じ取ったリオンは、テーブルに置かれた水を飲んで無意識に覚えていた喉の渇きを潤すと、ウーヴェの頬にキスをして寝ようと子供の顔で笑いかける。
 その顔にウーヴェが一瞬息を飲んだように感じたが、早く横になれと、コンフォーターをめくってシーツをポンと叩くと、やや躊躇った後にウーヴェが大人しくその場に横になる。
 部屋と同じで古く狭いシングルベッドで二人身を寄せていると、互いの鼓動が落ち着いたものになり、それが睡魔を呼び寄せたのか、ウーヴェの口から微かな寝息が流れ出す。
 先に眠ってしまったウーヴェを背後から覗き込み、疲労の色が浮かんでいる頬にそっとキスをしたリオンは、しっとりとしているウーヴェの頭を軽く持ち上げてその下に腕を差し込むと、大きく欠伸をした後、ウーヴェを追いかけるように目を閉じる。
 眠りに落ちる寸前、どこか遠くで獣の声を再び聞いた気がしたリオンだったが、その声がさっきとは違い穏やかなもののように感じると同時に、乾き切った心がいつの間にか十二分に潤い満たされていることにも気付き、それをもたらしてくれた恋人に感謝しながら眠りに落ちるのだった。

 

 


2019.06.15
何だか初々しい二人ですね(・・;)書いていて懐かしかったです(爆)


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