「────あ」
朝の支度で忙しい最中、バスルームのミラーで髪を整え爽やかな空色を反映したアスコットタイをイタリアンカラーのシャツに合わせて整えていた時、襟で辛うじて隠れる場所に夜の残滓を発見してしまう。
それは、リオンが昨夜ウーヴェの身体に残した情と欲の証で、最近はこれほどはっきりとつける事がなかったのにどうしたと微苦笑しつつ指先で襟元を広げると、鬱血が予想以上にはっきりしていることに気づき、本当にどうしたんだと眉を顰めるものの、さて、今日の診察で己の襟元まで注視するような患者はいたかと上目遣いになる。
キスマークを残すことは以前ならば頻繁にあった事だし、抱き合った時のリオンの精神状態によっては翌朝見るも無惨な素肌をウーヴェが晒している事もあったが、二人でなければ乗り越えられない出来事を一つずつ乗り越え、互いの薬指に同じ誓いをした指輪を嵌めてからはそんな回数も少なくなっていた。
精神的にも落ち着いていたはずなのに何があった、いや、それ以前に昨夜のいつ付けられたのかと思案した時、ドアに肩で寄りかかりながらじっと見つめてくるリオンと鏡ごしに目が合う。
「・・・どうした?」
「うん・・・・・・オーヴェ、ネクタイするのちょっと待って」
「は?」
そのまま動くなと止められ、鏡の中で一歩を踏み出してくるリオンの行動を見守っていたウーヴェだったが、顔が首筋に寄せられたかと思うと首筋に痛みが生まれ、思わず鏡の中で顔を顰めてしまう。
「・・・っ・・・リーオ?」
「・・・・・・良し」
「何が良し、だ・・・」
満足そうに顔を上げたリオンを鏡ごしに睨みつけたウーヴェは、さっきの鬱血がハートの形になった事に気付き、思わず声を低くしてしまう。
ハートの形のキスマークをどうやって隠そうか、ネクタイで隠れるかと思案するが、ちらりと見えたロイヤルブルーの双眸が何かを言いたげに見つめている事に気付き、くるりと振り返ってくすんだ金髪を胸に抱え込み、ウーヴェだけが出せる声でそっと問いかける。
「何があった?」
「・・・着替えてるオーヴェを見てたらキスしたくなっただけ」
「何だそれは」
「へへ」
悪戯小僧の顔で笑っていることから、言葉にしたものとは違う想いが隠れていないことを見抜くと同時に伴侶を呆れた顔で見つめたウーヴェだったが、このままでは腹の虫が治まらないと呟いた後、ついさっき己が整えたばかりの、お揃いの空色のネクタイのノットに指をかけてシャツの襟元をはだけさせると、己とは逆の位置に同じように強く吸い付いて痕を残す。
「っ・・・・・・あー、見えるだろ?」
「見えるように付けたからな」
鏡の中でたった今できたばかりのキスマークを確認するリオンに鼻先で笑い飛ばした端正な顔をした男前は、隣で文句を言いつつも蒼い双眸を満足そうに染めた己の太陽にちらりと視線を投げかけ、目があった瞬間を狙って笑みを浮かべる。
「秘書課の新人がお前に好意を持っていると聞いたぞ」
彼か彼女かは分からないが、その新人がそれ以上想いを発展させないようにする為であり、想いを具現化させる相手を間違えるなという合図だとニヤリと笑みを浮かべると、リオンが己の襟元を矯めつ眇めつするように頭を左右に揺らすが、同じようにニヤリと笑って鏡の中からウーヴェに小さくキスを送る。
「俺が好意を持つかどうかは別問題だからな」
「そうだな」
先日、父から面白い情報だと教えられたそれだが、淡い気持ちに火が点らないようにする合図だと鏡の中でリオンに付けたキスマークを指差すと、その手をそっと掴まれてキスをされるが、そのままネクタイを摑まされて何を言いたいのかを察して一つ肩を竦める。
「ほら」
「へへ、ダンケ、オーヴェ」
リオンのネクタイを結ぶ役目はウーヴェだけのものだったため、自ら乱したものを再度整えたウーヴェは、とにかくその新人に隙を見せるなと、仕上げたばかりのネクタイを軽く引っ張りながら蒼い石のピアスが鎮座する耳に囁きかけると、お前こそ、今夜の同期の医師の集まりで旧知の女性医師からモーションをかけられるなと囁き返されて全ての謎が解けた気持ちになる。
今夜の会合で同じ大学出身の同期の医師達と食事会をする事になったのだが、その中に確かにリオンが心配するような女性もいた。
それに対する牽制だったのかと呆れそうになるが、ハートのキスマークから微かな鼓動が響いた気がし、アスコットタイで外部から見えないようにしようとネクタイを結んで行く。
「安心しろ、リーオ」
「へ?」
「・・・このキスマークをつけられる人でなければダメだと言っておく」
「うぅん、ダーリン、オトコマエ!」
鏡の中でくすくす笑いながらウーヴェに抱きつくリオンの頭を軽く叩き、遅刻しても知らないぞと笑うと、そろそろ出勤の時間だと気づいたリオンの口から盛大な不満が吐息となって零れ落ちる。
「・・・行ってくるな、オーヴェ」
「ああ、行ってこい。今日も一日、お前らしく働いてこい」
互いの領分で力を発揮しよう、そうして力を使い果たしたと思ったらこうして抱き合って力を分け与え合おうと、鏡の中で互いの背中を抱いた二人は、仕事が終わって自宅に戻ってくるまでの短い間の別れを惜しむように額を重ね鼻先を擦り合わせた後、触れるだけのキスをして気分を切り替える。
「会合終わったら電話くれ」
「ああ、すぐに電話をする」
じゃあ行ってくる、気をつけて、俺もすぐに出ると、バスルームの入口付近で手を振って別れた二人は、今日も1日頑張ろうと気負うほどではないがそれでも少しの気合いを入れ、家から出て行くのだった。
そんな二人の首筋、対照的な位置に互いのものとの思いから付けた情の痕跡を、その日一日、何かの折に触れ思い出しては口元や目元を緩ませてしまうのだった。
2019.06.30
雰囲気雰囲気・・・( *'罒'* )


