072:予感

Über das glückliche Lebenーリオンとウーヴェー

 身体の芯から冷え込むような冷気にブルブルと身体を震わせたのは、ダウンのベストと暖かそうなカシミヤのセーターを着込み、耳当て付きのニット帽とマフラーを完備したリオンだった。
 「うー、寒いっ!」
 その不満をリオンが口にするのは何度目かと、その隣で同じくキルトのコートの上にダウンのロングコートを羽織り、その前をしっかりと手で押さえているウーヴェが呆れたように白い息を吐く。
 寒いのなら今己に着せているダウンのコートを着れば良いのにと思うが、男のプライドなどど訳の分からないことを呟き、負けず嫌いな性格を全面的に押し出した顔で笑ってウーヴェに着せたのだ。
 男のプライドなどと言うのならば、俺も同じ男だと言い返したくなるウーヴェだったが、それがリオンの優しさである事を熟知している為、ダンケの一言でその気持ちを受け入れ、結果、隣で寒い寒いと文句を言われているのだ。
 プライドがあるのなら文句を言わずに我慢をしろと、冷たくなっている頬を抓りたくなるのをぐっと堪えたウーヴェだったが、確かに寒いと気付いてリオンと呼んで顔を向けさせる。
 「どーした、オーヴェ?」
 「寒いから、こっちに来い」
 こっちといっても腕が密着するほど隣にいるのに、更に近寄れと言われて青い目を丸くしたリオンだったが、夜目にも鮮やかにウーヴェの目尻とそこにあるホクロが赤く染まり、何を意味するのかを察して顔中に笑みを広げる。
 「な、なんだっ!」
 「べーつにー?素直じゃないんだからぁ」
 リオンのにやけ付いた顔に更に赤くなったウーヴェだったが、うるさいばかタレと吐き捨て、またまたそんな事を言うと言いながらウーヴェの背後に回り込むリオンの腕を自ら掴んで身体の前に回すと、正解と言いたげな声が空を見ろと、顔を上げろと誘ってくる。
 後ろから抱きしめられた安堵と温もりとにウーヴェが顔を開けで空を見ると、いつまでも闇の中に沈んでいそうな世界に、少し別の色が混ざり始める。
 「太陽が昇り始めたな」
 「そーだな。・・・あっという間に明るくなるだろうなぁ」
 といっても、ここはドイツとオーストリアの国境─今ではシェンゲン協定の為に昔ほど国境という意識は無くなった―となる山が近くにある別荘で、自分達が生活をしている大きな田舎町とさして変わらない遅い時間に日が上り、あまり高く上がらずにすぐに沈む筈だと笑うと、二人の眼下にある大きな綺麗な湖の形を浮かび上がらせるように何台かの車がヘッドライトを頼りに走っていく。
 冬のドイツ南部は日の出も遅く、さっき走って行った車も出勤か何かの為だろうが、二人の誕生日とクリスマスを終えた後、ウーヴェはいつからか新年の3日を過ぎるまでクリニックを休診するようになり、ウーヴェが休みの時はおれも休むと公言して憚らないリオンも休みを取るようになっていた。
 会長付きの秘書としてそれはどうかと、周囲からささやかな異論が出たが、満面の笑みと背後の会長の威を借りた結果、休みを取ることに成功したのだ。
 そんな二人が今来ているのは、美しい湖の湖畔にあるウーヴェの別荘だった。
 ここは夏の間に来てバカンスを楽しむのだご、不意にリオンが冬に行ってみたいと宣った結果、今こうして日の出をウッドデッキに置いたソファに並んで座って見ていたのだ。
 暖かい部屋の中から見れば良いと勧めたが、外がいいと、日頃の言動からは想像できない静かな顔で良いかと許可を取られてしまえばダメだとは言えず、そして2人で今昇り始めた太陽を見ているのだ。
 「寒いけど、オーヴェがいるから平気だなぁ」
 ソファの上で肘置きを背もたれに、ウーヴェを後ろから抱きかかえたリオンの言葉に顔を少し振り向けたウーヴェは、大丈夫かと膝の上のブランケット―これは長年愛用している魔法がかかったブランケット―を引っ張り上げつつ苦笑するが、肩に顎が乗せられて満足そうな吐息が落ちた事を空気が白く染まった事から知り、満足したかと問いかける。
 「うん、すげー満足した」
 太陽が低く登る冬の日の出など、日常の暮らしで目にするものだったが、それを敢えて見たいと言ったリオンの本心は分からなかった為、何かあったのかと小さく問うと、腹の前に回されていた手がきゅっと握り締められる。
 「何となく、オーヴェと一緒に太陽が昇るのを見たくなっただけ」
 だから心配性の優しいダーリン、今お前が抱えた不安や心配は昇り始めた太陽に持って行って貰えと笑われ、無意識に安堵の息を吐く。
 「・・・そうか」
 「うん、そう」
 寒い寒いと言いながらこうして日が昇るのを見る、そんな酔狂なこともたまには良いだろうと笑うリオンにひとつ頷いたウーヴェは、腹の前で組まれている手を一つ撫で、その手を後ろに伸ばして柔らかなくすんだ金髪を撫でると、嬉しそうにリオンが顔を寄せる。
 少しだけ姿勢を入れ替えてリオンの肩に頭を預けるように座り直したウーヴェは、ブランケットをリオンの手が引っ張り上げた為、体全体をその中に収めようと身体を丸める。
 「あー、あったかい」
 魔法のブランケットとダウンのベストと、そして何よりも暖かいお前と、真冬を乗り越える必須アイテムだと笑うリオンに釣られて笑ったウーヴェは、青い石のピアスが今も鎮座する耳朶を摘んでその冷たさに少し驚くが、耳当て付きのニット帽でも寒いかと問うと、でも平気と予想通りの答えが返ってくる。
 「――オーヴェ、見ろよ」
 二度目のその言葉に湖の方へと顔を向けると、さっきは無かったオレンジの色彩が世界に生まれ、濃紺とオレンジの間にウーヴェの言葉では表せないグラデーションが生まれていることに気付く。
 生まれてからこの方何度か日の出は見ている筈なのに、今目にしたそれが生まれて初めて見る光景のように感じ、瞬きもせずに見つめていると、リオンが微苦笑しつつ頬にキスをする。
 「どうした?」
 「うん、キレイだよなぁ」
 世界はこんなにも美しいのかと、感嘆のため息をこぼすリオンだったが、その中でももっと綺麗な涙を見たと再度ウーヴェの涙が流れた跡に口付ける。
 「どうして、涙が・・・?」
 「どうしてだろうなぁ」
 気の利いた人ならばその疑問に対する答えを持っているのだろうが、残念ながら俺はそこまで気が回る方じゃない、だから今目の前でお前が流した涙が綺麗だとしか言えないと目を細め、ウーヴェの肩をぎゅっと抱きしめる。
 悲しいからでも不安を感じたからでもなく、理由のわからない涙が目尻に少し溜まっていたが、リオンのその言葉に小さく噴き出した事でポロリとこぼれ落ちる。
 「何だろうな」
 「オーヴェにも分からないなら俺に分かる筈ないよなぁ」
 でも、日の出と共に綺麗なものを見れたから良しとしようと笑うリオンに同じ顔で頷いたウーヴェは、何があっても倒れることもなくしっかりと支えてくれる永遠の恋人であり生涯の伴侶である男に寄りかかりながら同じ方へと顔を向ける。
 さっき生まれた細いオレンジはその幅を太くさせてグラデーションも大きくなっていた。
 湖を避けて通る道にも車の量が増え始め、冬の一日が始まっていることを教えてくれる。
 「・・・ハッチ!」
 「そろそろ中に入らないか、リーオ」
 「ん、そうだなぁ」
 寒さからくしゃみをするリオンを振り仰ぎ、中に入ろうと促したウーヴェは、立ち上がると同時に同じく立ち上がったリオンが腰に腕を回して支えてくれたことに気付き、その肩に頭を乗せる。
 「今日は何かいい事あるかなー」
 「ノルと父さん達が来ると言っていたからな、美味い酒とチーズを持ってきてくれるんじゃないか?」
 「いゃっほぅ」
 ウーヴェの兄と両親が今日の午後合流すると知らされ、楽しみだと素直に笑ったリオンにウーヴェも同じ笑みを浮かべ、ウッドデッキから室内に入って部屋の暖かさに身体の芯から冷えていたことに気付く。
 「リーオ」
 「ん?」
 足を悪くした己を当たり前の顔で支えてくれる伴侶にソファを指し示し、そこに座れと命じたウーヴェに訝りつつも従ったリオンに満足そうに頷くと、さっきと同じにその隣に腰を下ろすが、リオンの肩をぐいと抱いて頭を腿の上に乗せさせる。
 「――ダンケ、オーヴェ」
 「どういたしまして」
 その優しい強引さにリオンの顔に満面の笑みが浮かび、ブランケットを掛けられて更に顔が綻ぶ。
 「親父たちが来るの、楽しみだな」
 「ああ・・・それまでまだ時間がある」
 さっきは自然の美しさを堪能したが、これからは文明の利器の力を実感しようと笑うウーヴェにリオンも笑い、手を伸ばしてウーヴェの前髪をさらりとかき上げる。
 その手遊びのようなそれにくすぐったいと顔を綻ばせたウーヴェだったが、いつまでも見続けていたいロイヤルブルーの双眸に目を細め、楽しげな形になっている唇にそっとキスをする。
 「今日もきっと、良いことがある」
 離れた隙にそう囁くウーヴェの後頭部に手を回して顔を固定したリオンもそうだなと返しつつ、最愛の男の悪戯と本気が入り混じったキスを受け、同じものを同じだけ返すのだった。

 

 冬の太陽がようやく完全に顔を出したのか、二人がさっきまでいたウッドデッキに冬の短い日差しを楽しめと言わんばかりにキラキラとした日差しが降り注ぐのだった。
 


2021.12.27
日が昇る瞬間が好きです。二人が言うように、きっと良いことがあると思えるから。現実はそうじゃないけれど、でも、朝ぐらいそう感じていたい。いつも前向きな二人にふさわしい話になりました。


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