狙い撃ち

It’s a Wonderful Life.-リアム&慶一朗-

 仕事が終わり、同じ医局の仲の良い医者や技師、看護師など複数人と一緒に夜の街へと繰り出したのは、今日診察した子供の8割を泣き止ませたと自慢気に語るリアムだった。
 女王達の総合病院の小児科に勤務するリアムは、訪れる患者には一見すれば大きくて怖いと泣かれることが多いのだが、診察室を出る頃には泣き止んでいたり笑っていたりと、不思議と子供に好かれることが多かった。
 医者は嫌いだ、助けてママ、ヒトゴロシ、と泣き叫ぶ子供の声に、あはははは残念だなぁ、俺はヒトゴロシじゃなくて人を治す医者なんだと笑う声が重なり、その後は不思議な事にピタリと泣き声が止むのだ。
 他の小児科医にしてみれば何で機嫌を取っているのか教えてくれと言いたくなるほどのある意味特技だったが、今日も患者の子供達を診察室から出てくる時にはほぼ笑顔にしていた。
 仕事を満足に終えて帰ろうとしたリアムを、同僚の一人が呼び止め、これから他の医局の人達と飲みに行く、一緒に行かないかと誘ったのだ。
 今夜は特に予定も無く、同じ病院で働く脳神経外科医の恋人は帰りが遅くなると聞いていた為、飲み会に行っても良いなと頷き、店は市内で皆が頻繁に利用するパブだと名前を教えられる。
 あいつが来れば看護師の狙っている女の子が来る、うまく行けばいいなという男の本心を立ち去る同僚の背中から読み取ったリアムは、人を客寄せパンダか何かかと思っているのかと呆れそうになるが、今度は背中から腕を回されて肩を抱かれて足止めされてしまう。
 「────パブで気になる子と飲んでくるのか?」
 「・・・話を聞いてたのか?」
 背後から少しだけ背伸びして肩を抱いたのは、今夜は帰りが遅くなると言っていた秘密の恋人、慶一朗で、端正な顔にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた為、器用に肩を竦めると、今夜は帰りが遅いんだろうと密やかな声で問いかける。
 「・・・部長が事務局長と二人になりたく無い、だから食事に付き合ってくれ、だそうだ」
 「・・・部長と事務局長と晩飯か・・・・・・」
 消化に悪そうだと、仲間内でグリーンゴブリン対ブラウンゴブリンと陰口を叩き合っている犬猿の仲の二人の食事会に付き合わされる恋人が気の毒で、周囲を見回し人がいないことを確かめた後、倉庫のドアを開けて中に入ると、後ろ手で鍵を閉める。
 「リアム?」
 「・・・ケイが来ないから早く帰ろうと思ってるんだけどな」
 もし可能なら途中で抜け出して何処かで合流しないかと、書類を収めているキャビネットに慶一朗の背中をぶつけさせて両手で頭を囲ったリアムは、目を瞬かせる慶一朗に軽く目を伏せ、薄く開く唇にそっとキスをする。
 「────今夜のご褒美か?」
 「ははは、それは良いな」
 じゃあ、お前がいなくて楽しくない飲み会に律儀に顔を出す俺にもご褒美をくれと、目尻を赤くする恋人に突き抜けたような笑みを浮かべると、ポロシャツの胸倉を掴まれて目を白黒させてしまう。
 「ケイ?」
 「・・・店はどこだ?」
 「市内の、皆がよく行くパブ」
 「分かった」
 店の名前と時間を聞き出して目を細めた慶一朗が、掴んでいた胸倉を離してリアムを自由にした後、分厚い胸板に親指と人差し指で作った拳銃を突きつける。
 「Bang!」
 良い子の時間に帰ってくれば、とっておきのご褒美を用意しておいてやると笑って立てた人差し指に息を吹きかける仕草をした慶一朗を呆然と見下ろしたリアムは、胸に穴が開いた、手当てをしないと死んでしまうと笑って慶一朗の痩躯に覆い被さると、重い苦しいと腕の中から悲鳴が上がる。
 「・・・帰ったら手当てしてくれるか?」
 「専門外だからなぁ」
 俺の専門は脳神経外科だ、残念ながらお手上げだと囁きかけて己が開けた穴を塞ぐように両手を背中に回した慶一朗は、同じように背中を抱かれて耳に口を寄せ、俺の胸の穴はお前が塞いでくれた、だからお前のものも俺が塞いでやると、己しか聞くことがないような低い自信に満ちた声にリアムが鼓動を早めてしまう。
 「ああ・・・塞いでくれ」
 あの日、初めて出会った時にお前に開けられたこの穴を塞いでくれと笑うと、了解の代わりに背中を撫でられる。
 そっとキスを交わした時、部屋の外に人の声が聞こえた為、慌てて離れて咳払いをした二人は、そろそろ準備をして皆と一緒に飲み会に行ってくるとリアムが手をあげ、慶一朗のこの後の食事会が少しでも楽しいものでありますようにと厳かに祈ると、ハニーブロンドに掌がひとつ落とされ、痛いなぁと全く思っていないことを呟きながら二人揃って倉庫から出て行くのだった。

 

 何台かあるモニターではラグビーの試合が流され、それを見ながら酒を飲み盛り上がる人たちがいるパブで、リアムに声をかけてきた同僚達と技師や看護師らと楽しく盛り上がりながら飲んでいた。
 恋人とはあの後帰る時に連絡をすると約束をして別れたのだが、いま連絡が来れば良いなぁと思いつつビールを飲み、モニターに流されているラグビーのゲームへと顔を向ける。
 「リアム、楽しくないか?」
 「ん?いや、楽しいけど、あっちも楽しそうだなぁと」
 リアムの肩に腕を乗せて楽しくないかと囁く同僚に親指で背後を指し示したリアムは、観光客らしき女性が酔いの回ったらしい男に声を掛けられているのを肩を竦めて見つめていると、ジーンズの尻ポケットに突っ込んであったスマホが震えた為に慌てて取り出すと、晴れた青空の待受画面にまだ店にいるかとのメッセージが届く。
 もちろんいる、来るなら早くこいとメッセージを返してビールグラスを手に何気無く窓の外へと顔を向けたリアムは、そのままの姿勢で固まってしまう。
 たった今、まだ店にいるのかと問いかけてきた慶一朗が、店の外で滅多に見せない顔でこちらを見つめて立っていたのだ。
 何だ、いるのなら早く入ってこいと手を挙げて合図を送ろうとしたリアムだったが、思考の先を読んだらしい恋人が唇の端を綺麗な角度に持ち上げたかと思うと、職場で別れる前に見せたように再度右手の人差し指と親指で拳銃の形を作り、驚くリアムに向けてまるで拳銃を発砲した時のように手を軽く上下させ、笑みを湛えた唇でBangと呟いたのだ。
 ああ、また穴を開けられてしまった。
 初めて出会った時に横顔や佇まいに目を惹かれ、真正面からその顔を見た瞬間、表現は古いがそうとしか言い表せない、拳銃で胸を撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えたことを思い出し、自然と胸に手を当ててしまう。
 「どうした、リアム?」
 「────悪い、急用が入ったから帰る」
 「は?」
 「おいおい、これからだろう!?」
 急に帰ると言い出すリアムに同僚達が引き止めようとするが、この穴埋めはケイと一緒にするから今日は帰ると、呆気に取られる同僚たちに手を挙げ、自身が飲み食いした分の金をテーブルに叩きつけるように置くと、人が増えてきた店内を慌てふためきながら出て行く。
 窓の外、顔を紅潮させて駆け出すリアムを呆然と見送った同僚たちは、好きな人でもいたのかと囁きあい、浮いた話の一つもないリアムの色恋沙汰について噂話で盛り上がるのだった。

 

 リアムを窓の外から狙い撃ちした慶一朗は、一緒に食事をしていた上司達と別れ、自宅方面へと向かう電車に乗る為に地下鉄の駅へと向かっていた。
 その背後から慶一朗にしか察することのできない気配が近づいて来た事に気付き、駅に向かう人影が少なくなった通りの角で足を止めて壁に背中を預ける。
 そしてゆっくりとカウントダウンを始めた直後、そこのイケメン、所持している拳銃を見せなさい今すぐ見せなさいと少し弾んだ息で問われ、壁から背中を剥がすと、どんな理由からかは判らないが、顔を紅潮させたリアムが肩で息をついていた為、拳銃なんて持っていないとスラックスのポケットに両手を突っ込みながら肩を竦める。
 「・・・電車で帰るのか?」
 「ああ、飲んでいるからな」
 流石にシドニーでもワインをボトル一本空けて車を運転すれば検挙される可能性があると笑う慶一朗にそっけなく頷いたリアムだったが、その言葉に反応したというよりは他のことに意識が向いていることを示すように周囲を見回し、目当てのものを発見した顔で大きく手を挙げる。
 「リアム?」
 「────ドクター、傷口が痛いんですけど?」
 「それは大変だな、早く手当てをしないといけないな」
 本人曰くのボトルを一本空けたからか、いつもに比べればはるかに饒舌になっている慶一朗にずいと顔を寄せたリアムは、専門外だなどとは言わせない、脳神経外科医が空けた穴は脳神経外科医でないと塞げないんだと、互いの吐息がかかる距離にまで顔を寄せて囁くと、慶一朗の薄い色素の双眸にギラリと一瞬だけ強い欲の色が滲む。
 「・・・だからタクシー?」
 「そう!」
 この時間ならタクシーで三十分もかからないだろう、何しろ早急に手当てをしないといけないからなと笑い、リアムが手を挙げたことに気づいたタクシーが自分たちの横に止まった為、ドアを開けて行き先を伝えると、呆気に取られている慶一朗の痩躯を先にシートに押し込み、自分もその横に乗り込む。
 「制限速度ギリギリで頼む」
 リアムの言動に何かを感じ取ったらしいタクシードライバーが了解したと、調子を合わせるような軽口で返し、二人のやり取りを呆然と見守っていた慶一朗に呆れたような溜息を零されるのだった。

 

 慶一朗の自宅ドアを開けて縺れるように中に入った二人だったが、鍵を閉めたのを確認したかと思うと、どちらからともなく互いの胸元に手を伸ばしてシャツを掴んで引き寄せ、自分達にだけ見える互いの胸に開けた穴を塞ぐように掌を宛てがうが、慶一朗がリアムの胸に今日二度に渡って開けた穴を塞ぐように口を寄せてキスをする。
 「・・・ケイ・・・っ」
 「────Bangが二回先に来たからな、後はキスだな」
 その言葉が二人が好きなーというよりは慶一朗が好きだった為にリアムも好きになったドラマのタイトルから取られていることに気付き、あの二人はキスをして殺しあうような仲だったが、自分達は殺し合わないと笑い、慶一朗のキスを胸で受け止めた後、端正な顔を固定するように顎を掴むと、驚くように見開かれる双眸にキスをし、ついで閉ざされた瞼、期待に薄く開く唇に口付ける。
 「・・・お前は俺のキャプテンだ」
 「ジャック?ジョンもいるぞ?」
 「ジャックに決まってる!」
 愛する人に構って欲しいからと罪を犯すことも厭わないキャプテンと一緒にするなとくすくすと笑うと、じゃあお前はイアントだなと慶一朗が目を細め、この後何をするかはもう想像がつくだろうと笑うと、リアムが掛け声一つで慶一朗を肩に担ぎ上げ、こらと言う楽しげな悲鳴が背中に零れ落ちる。
 「ベッドに行け、リアム」
 「────了解」
 二人が好きなドラマでも心身の関係を持っている二人のようになろうと笑う慶一朗にリアムもドラマの登場人物のように返し、大股にリビングを突っ切ってベッドルームへと向かう。
 そのリビングのソファの横では、別の好きなドラマに出てくる敵の等身大のぬいぐるみがあり、今日はお前の出番はナシだと慶一朗がぬいぐるみに向けて嫌味ったらしく舌を出すが、ベッドに荷物よろしく放り投げられてしまい、抗議のために手をついて上体を支えると、リアムが覆い被さるように身を寄せて来たため、お前の胸に開けた穴を塞ごうと囁き、ハニーブロンドの頭を抱え込むように腕を回すのだった。


2021.01.19
おおぅ・・・。そうか、ジャックとイアントだたのかー(棒読み)


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