久しぶりに休日が重なる事を知り、その結果浮かれまくったリオンがサンドイッチやワインにビールを山盛りスパイダーに積んで何処かにドライブに出掛けようと宣ったのは、春の気配が彼方此方で芽吹き、生きとし生けるもの総てが生を謳歌するようになって間もなくの頃だった。
ウーヴェも最近では天気が良ければ愛車の幌を全開にしてアウトバーンをドライブしたくなっていた為、彼らが暮らす街から車で一時間程度の小さな湖畔の村に行こうと提案すると、リオンが満面の笑みを浮かべて賛成と人差し指を天に向けて突き立てる。
持って行くものをどうすると、ソファの背もたれに腕を回して楽しげにウーヴェに問いかけるリオンに、自分の好物であるワインと少しのチーズとライ麦パンがあれば良いと答えるが、それだけでは明らかに物足りないことをリオンが表情と声で宣った為、サンドイッチでも作ろうかと苦笑すれば諸手を挙げて賛成されてしまい、結局ウーヴェがいつものようにライ麦パンにサーモンやオニオン、サラミにハムを用意し、その横でリオンが嬉しそうにソーセージを焼いてドライブのお供の用意をしたのだった。
濃い色のサングラスを掛けていても感じる眩しさから春の気配を感じ、幌を全開にしたお陰で吹き付ける風はほんの少しだけ冬の名残を感じさせていたが、それでも心地良さについステアリングをリズムを付けた指先でノックしてしまうと、そのリズムが何であるかを察したリオンが助手席で膝を抱えながら歌い出す。
「歌みてぇに今日は祭りじゃねぇけどさ、休みがこんなに良い天気だったら嬉しくなるよな」
「そうだな」
眼鏡ではなくサングラスの下で目を細め、アウトバーンの標識から目的地が近いことを察してスピードを少しだけ落としたウーヴェは、湖畔の小さな村を目指してアウトバーンを下り、村に続くのだろう一本道をゆっくりと愛車で走っていく。
遠くに見える険しいドイツアルプスの山の遙か手前に鬱蒼と茂る森が広がり、その中でそれなりの大きさを持つ湖が水を湛えていたが、いつかの夏にバカンスでここの別荘に訪れたことを思い出したリオンがまたあの別荘に行きたいと呟くと、ウーヴェがもちろんだと視線だけを投げ掛ける。
森へと向けて走るスパイダーの上を渡る風に湖特有の湿り気と匂いが混ざり始め、それを感じたリオンの心が更に浮かれ始めてしまい、ステアリングを握るウーヴェの右手を貸せと言わんばかりに手元に引き寄せてしまう。
「こら」
「左手があるから平気だろ」
シフトチェンジをするときは手を返してやると胸を張る恋人にただ苦笑し、左手でステアリングを握って己の右手がこの後一体どんな目に遭うのかを期待半分不安半分で待ち構えていると、薬指の根元が濡れた感触を感じ取り、軽く目を瞠ってどうしたと問いかける。
「ん?ああ、何となくキスしたくなっただけ」
お互いがこの世に存在する事を知り、少しの時間を掛けて友人関係を築き上げ、それを踏み台に恋人関係にまで飛躍したが、その後は二人の絆を試すような出来事が何度も二人の上に降りかかり、繋いだ手を危うく離しそうにもなったが、それら総てを乗り越えた今、少しでも早くここに同じリングを嵌めることが出来れば良いと頭の上を通る風に負ける小さな声で囁いたリオンは、立てた膝頭に頬を押し当てて掴んだウーヴェの右手の甲と爪、そして掌にキスをし、腹が減ったといつもの顔で笑う。
「もう少し待ってくれないか、リーオ」
リオンの笑顔にウーヴェも小さく笑みを浮かべて答えるが、待ってくれと言うのが食事のことなのかそれともリングの事なのかが分からなかったリオンは、どちらも待っていると返して顎を膝頭に載せ、ウーヴェの右手首を掴んでそこにもキスをすると、早く目的地に着けと風に乗せてみる。
「もう少し待ってくれ。もうすぐ村に着く」
「待てねぇ」
リオンの子供じみた態度にごく自然にくすくすと笑みを零したウーヴェは、己の言葉が間違いではない事を教える代わりにウィンカーで合図をし、春の陽気に浮かれるような湖畔の村に入っていくのだった。
爽やかな春の風がパラソルを揺らし、程良く刈られている芝生を揺らした後、庭に植えられているリンゴの木を通り抜けて湖へと渡っていく。
パラソルの下に置いたベンチソファから風が渡っていく様を見ていたウーヴェは、グラスのワインが無くなった事に気付いてボトルを手に取るが、前から伸びてきた手に押さえられてしまって不満を瞳に滲ませる。
「その一杯とホットサンドひとつでどうだ?」
春の陽気と湖へと向かう風の心地良さ、そして何よりもこの穏やかな時間を二人で過ごせる幸せについつい飲み過ぎていた事を恋人の行動と浮かべた笑みから教えられてしまい、視線をそらせると追いかけるようにリオンが首を傾げてウーヴェの瞳を覗き込む。
「オーヴェ」
「・・・・・・・・・・・・楽しいんだ、リーオ」
「オーヴェが楽しんでるのはすげー分かる。すげー綺麗な顔してるもんな」
「・・・・・・・・・・・・だったら・・・」
「飲んでも良いけど、ホットサンドひとつ食ったらな」
心が気持ち良いと感じた時には食べる事よりも飲むことを優先するんだからと、頬杖を就いて呆れた様な溜息を零したリオンは、ウーヴェの手を押さえていた手でホットサンドをひとつまみ、ウーヴェの口元に突きだして笑みを浮かべる。
「はい、オーヴェ」
食べる事を疑わない顔で差し出されるホットサンドに溜息をひとつ吹きかけたウーヴェだったが、仕方がないと呟いた口を大きく開けてホットサンドにかぶりつく。
「美味いか?」
「ああ・・・・・・エリーに教えて貰ったスクランブルエッグはやはり美味しいな」
「うん。これさ、ゆで卵でやっても大丈夫か?」
ウーヴェが食べたサンドを自らも食べ、サンドイッチの具材についてあれこれ頭を悩ませ始めたリオンは、ウーヴェが一口だけではなく差し出したホットサンドをしっかりと食べてくれた事も嬉しくて、クリームチーズとマカロニのサラダを食べてみたいと告げ、帰ったら作ろうと答えられて顔をにやつかせる。
「どうした?」
「うん。すげーオーヴェ楽しそう」
「そうか?」
リオンの言葉に苦笑をするウーヴェだったが、楽しそうだと告げるリオンの方が更に楽しそうだと笑い、少し伸びてきているリオンの前髪を指で掻き上げてやる。
「────リーオ」
「うん」
頬杖を突いて満面の笑みで頷いたリオンが同じようにウーヴェの前髪を掻き上げ、姿を見せた白い額にキスをすると、ウーヴェのグラスにワインを注ぎ、自らはビールのグラスを手に取る。
「乾杯」
乾杯の言葉にウーヴェもグラスを掲げて口を付けた時、リオンが大きく欠伸をして伸びをする。
「今日は何時頃にここを出る?」
「そうだな・・・少しゆっくりしようか」
「んー。じゃあこれ食ったら泳いできても良いか?」
春風に誘われるように湖に入りたいと笑われて呆気に取られ、まだ寒いだろうし水が冷たいだろうから止めておけばどうだと控えめに提案するものの、どうしても入りたいとリオンが言い募った為に渋々掌を上に向ける。
「ぃやっほぅ!」
初泳ぎだと拳を握るリオンが子どものようで、こみ上げる笑いを堪えられずに拳を口元に宛がって肩を揺らす。
「ん?何かおかしいか、オーヴェ?」
「いや・・・・・・泳ぐんだろう?シャワーの用意をしておいてやる」
「ダン、オーヴェ」
ウーヴェがある確信を持って頬杖を付きながら笑顔でリオンを促すと、一気にビールを飲んだリオンが勢いよく立ち上がり、その素早い行動を呆れとも感心ともつかない顔で見守っていたウーヴェだったが、リオンがジーンズと下着を一纏めに脱いだのを見た時には盛大な溜息を零して額に手を宛がう。
「どうした、オーヴェ?」
「・・・・・・何でもない」
素っ裸で首を傾げるリオンを追い払うように手を振るウーヴェの髪にキスを残し、いやっほぅという奇声にも近い声を挙げて庭の扉を開けるリオンに背中を向けたウーヴェは、何かが飛び込む水音を背中で聞き次いで悲鳴を聞いた瞬間、くすりと笑みを零して肩を竦め、バスルームに向かって間もなくずぶ濡れで駆け込んでくるだろう恋人を温める為にバスタブに少し熱めの湯を貯めていくのだった。
低くなった太陽の光を床に受け、通り抜ける風に冷たさが混ざりだした頃、リビングに張り出したロフトにマットレスを敷き、ウーヴェは持参した本を広げていたが、その横ではリオンが身体を丸めて寝息を立てていた。
湖で泳ぎたいとはしゃいだリオンだったが、ウーヴェが予測し指摘したようにやはりまだまだ水は冷たかったようで、飛び込んですぐに湖から這々の体で家に駆け込んだリオンは、ウーヴェが用意していたバスタブに今度は飛び込んだのだった。
その後、身体を温めてロフトのマットレスに倒れ込んだリオンの横で本を広げたウーヴェは、程なくして聞こえてきた寝息に笑みを浮かべ、身体が冷えないようにタオルケットを引っ張り上げて自分たちの身体に被せると、広げていた本を閉じてリオンに向き合うように横臥する。
濡れて額に張り付いた前髪をそっと指で掻き上げてやれば、驚くほどあどけない寝顔がよりはっきりと見え、自然と笑みが浮かんでくる。
意外と長い睫毛が影を落とす頬は起きているときには豊かな表情に覆われ、リオンの闊達な心の有り様を如実に表し、それが人々の印象に残るらしく、誰もが陽気で明るいという思いを抱くようで、かくいうウーヴェ自身も初対面の印象はともかくとして、その後友人として付き合うようになってからは明るく楽しいと言う印象を持っていた。
だが、それと時を同じくして、陽気さの裏に潜んでいる根深い闇の存在もウーヴェは感じ取っていて、二人きりになった時にはその闇が顔を出すようにもなっていた。
まだ湿り気を帯びている前髪をくるりと指に巻き付けたウーヴェは、今は閉ざされている瞼の下の蒼い瞳が喜怒哀楽に染まる姿を思い出すと、無性に愛おしさがこみ上げてくる。
限られた人達だけがみることが出来る顔が誰しもあるように、陽気で子供じみたと称される恋人にも当然ながら存在していた。
日頃の彼しか知らない人達からすればまるで別人のようなその横顔でさえも、彼の愛すべき一部だという思いは密かに抱いていたが、幾度か経験した分岐点を通り過ぎた今は、その横顔も総ての顔を抱きしめていたいという思いが強くなっていた。
傍目には友人には何度か言われたように過保護に見えるだろうし、保護欲を掻き立てられただけだと笑われたとしても、この強くもあり弱くもある心を持つ恋人を護りたいのだ。
少し頭を動かすだけで頬に微かな寝息が触れる距離で見つめるリオンの寝顔はいつも見ているものと同じでありながら何処か違っていたが、寝顔が幼く見えないようになるにはどのくらいの時間が必要なんだろうと茫洋と思い浮かべた時、腰に腕が回された事に気付いて瞬きを繰り返す。
「・・・・・・・・・俺の顔に何かついてるか・・・?」
「目と鼻と口」
「・・・えー・・・眉もあるって」
眠い目を瞬かせながらぼそぼそと問いかけるリオンに口の両端を持ち上げたウーヴェは、揃っているパーツの総てが愛おしいとキスをし、頬にキスをしたと同時にリオンが身体を起こした為に目を見開くと、その勢いのままマットレスに背中が沈む。
「リオン?」
「・・・・・・んなにジロジロ見られたら寝られねぇって」
「それは失礼」
「うん。だから責任を取れっ!」
「こらっ!!」
がばっとのし掛かられて首筋に顔を押しつけられ、過去からの恐怖を思い出すよりも先にくすぐったさとリオンの匂いを感じ取ったウーヴェは、口では文句を言いながらも片手で広い素肌の背中を抱きしめていた。
「・・・・・・良いか?」
「・・・・・・・・・帰り、運転を頼んでも良いのなら」
このまま続きになだれ込んでも大丈夫かと囁かれ、ワインも飲んだ上にこのまま抱き合えば運転に支障が出るほどの睡魔に襲われる事を伝えると、額と目尻のほくろに了承のキスが降ってくる。
そのキスを受け止め、片手だけではなく両手でリオンの背中を抱きしめたウーヴェは、それを返事の代わりとしたが、リオンにもしっかりとその思いは伝わっているのだった。
汗やら何やらで少しだけ不快な思いを感じる身体をシャワーで洗い流す気力や体力がウーヴェには残っておらず、いつものようにリオンが濡れたタオルでそれなりに丁寧にウーヴェと自らの身体を拭き、ぐったりと目を閉じるウーヴェの横にごそごそと潜り込むが、その時には先程とは立場が逆転していて、ウーヴェの口からは穏やかな規則正しい寝息が流れ出していた。
この後の予定は街にあるウーヴェの家に戻るだけだった為、帰り着くのが夜遅くになっても構わないとウーヴェが快感に意識を染められる前に了承を取っていた為、リオンが大きく欠伸をしてウーヴェの腰を抱き寄せる。
嫌がるでもなく素直に引き寄せられるウーヴェの汗ばんだ白い髪にキスをし、後何時間かこのままここで微睡んでいようと囁きかけると、まるでその言葉が聞こえていたかのようにウーヴェの唇の両端が軽く持ち上がる。
その綺麗で穏やかな笑顔にリオンも嬉しくなり、温まった心のまま目を閉じて夢の中にまでその笑顔を持って行こうとするのだった。
2012.05.1306.06 WebClapお礼として公開


