047:乱反射

It’s a Wonderful Life.-リアム&慶一朗-

 『────お前は総一朗のスペアなのよ』
 私の子供は総一朗だけ、お前は子供なんかじゃないわと、覚えていないはずなのに何故か再生される言葉とぽっかりと目と口の形だけが刳り抜かれた影が笑った瞬間、立っていた地面が小さな体を飲み込むように影と同じ色の口を大きく開ける。
 『────!!』
 声にならない悲鳴を上げ、助けを求めるように手を伸ばしても掴むのは虚空で、感じるはずの身体への衝撃を覚えずに周囲を見回せば、大小様々な大きさだが、腕が欠けていたり膝から下が欠損している、どれもこれも五体満足ではない人形が目に見える床に放置されていて、恐怖に竦む彼の前に、ぽっかりと口を開けた空から一体、また一体と無表情の人形が落ちてくるが、そのどれもが、地面を埋め尽くしている人形たちと同じように四肢や片目や耳などが欠損していた。
 周囲を見回すこともなく理解できたのは、己と同じ立場である人形が、役目を終えて捨てられてしまったという現実だった。
 次は自分だ。
 その思いは物心つく前より彼の中に植え付けられていて、不思議に思うこともなかった。
 あたりに散らばる人形を手に取ることもなくその場に横になった彼は、遠くで一つ、また一つと落ちてくる人形を生気のない目でただ見つめ、自分のこの手は、足はいつ総一朗の為に切り取られるのだろうか、今日だろうか明日だろうかと考えるだけだった。
 総一朗が元気に生きている間、自分も同じく生きていられる。
 死なせるわけにはいかないために与えられる、何の味もしない一日に一度の食事をし、することもないために訪れる眠りに身を委ねるが、ただその為だけに生きているのだと毎日彼の中に刻み込まれるそれに何の感情も持てずに降り積もる人形に埋もれてただ生きていたが、ふと気づいたとき、右足の膝から下がなくなっていて、バランスを崩して立つことができず、ああ、総一朗がケガをしたのかと考えるが、視界が不意に半分になり、音も一方からしか聞こえなくなったため、目が見えなくなり耳も聞こえなくなったのかと寝返りを打ったその時、彼の半分になってしまった視界に飛び込んできたのは、四肢を無くし、物言えぬ本物の人形のように転がっている己の姿だった。
 『────!!』
 誰かを罵る言葉も現実を嘆く言葉も知らない子供が、目を刳り抜かれ耳を落とされ舌を切られて不明瞭な音しか発せない中、振り絞るように出した言葉が彼の脳内に明瞭に響く。
 これで楽になれる。痛みも苦しみも寂しさも何も感じない世界に行ける。────誰か助けて。
 楽になれると叫ぶ声の裏、小さな小さな声が助けを求め、それが己が発したものだとは思えなかった彼は、これでいいんだと笑い、己のものだった手足で日々を過ごす総一朗の姿を思い描き、ただただ笑い続けるのだった。

 

 「────っ!!」
 流れ落ちる冷や汗と抑えることのできない身体の震えが脳内に乱反射する恐怖を増幅させ、歯の根を合わせなくさせるのか、カチカチと歯が鳴る音が響き、それがさらに恐怖を増幅させる。
 早く逃げなければ。ここにいれば総一朗が無くした腕の代わりに己の腕を奪いに来る。腕を、足を取られれば生きていくことが出来ない。
 起き上がることも出来ないほどの恐怖に身体を震わせながらも、早く逃げなければとの言葉が脳内で溢れ、全身に力を込めてベッドから抜け出し、這う這うの体でキッチンに向かった彼は、家の中に入る陽射しからまだ世界は陽光に満ちている時間だと気付き、ならば先ほどの世界は夢の中のもので、現実にはあり得ない事だとも気付くと、大きく深呼吸をしてその場に横臥してしまう。
 キッチンの床は小さな窓から入る陽射しが当たった場所だけ暖かく、己が寒さを感じていたのかと微苦笑すると、床に名残惜しさを感じつつ起き上がって冷蔵庫に背中を預ける。
 久しぶりに見た悪夢だったが、現実は悪夢のほうが優しいと思えるものだったことを自然と思い出し、暴力こそ振るわれなかったものの、振り返った今ではあの状態は所謂ネグレクトであることを認識しており、苛立たしそうに床を拳で一つ殴る。
 一卵性双生児として生を受けた己と兄・総一朗だが、夢の中で母の形をした影が言ったように、己は兄のスペアとしてただ生かされていたのだ。
 毎日一食だけ食べさせられるオートミールと牛乳。それを食べたら自然と出るものを出し、風呂やシャワーなどほとんど使わせてもらえず、ただお手伝いの女性が二日か三日置きにやってきては水で身体を拭くだけだった。
 そして、人形用と書かれた袋に入っている服を着るように命じられるだけで、文字通り着せ替え人形のような扱いをされていたのだ。
 その日々が終わりを迎えたのは、10歳になる年の夏休みー世間ではそうだったが、彼にとってはいつもと変わらない夏の日だったー、同じ顔をした子供が突然部屋に入ってきて、やっと会えたと泣きながら抱きしめてくれた時だった。
 あの日、己の世界は一変したのだ。
 その時のことを思い出し、身体を丸めて抱え込むように腕を回した時、静かな足音が聞こえ、己の家に勝手知ったる顔で入ってこれるのがただ一人だとわかっているからか、顔も上げずに冷蔵庫の前で座り込んでいると、どうした、気分が悪いのかと優しく問いかけてくる。
 顔を上げて予想外の近さに見えるヘイゼルの双眸に何でもないと伝えるために口を開くが、出てきたのはどうしていなかったという不満の形を装った本心だった。
 過去を悪夢で追体験している時、何故傍にいなかった。どうして独りにしていたんだ。
 こんなことを言えば呆れられると分かっていても、悪夢の残滓が本心を吐露しろと命じ、それに抗うように頭を何度も横に振るが、正対するようにその場に座った心優しい恋人の大きな手が頭に載せられて上目遣いに見つめれば、晩御飯の材料のサーモンが美味しそうだったから買ってきたと穏やかに笑われるが、程なくして恋人の顔から笑みが消え、一人にして悪かったとの言葉が流れ出す。
 「ここで座ってると体が冷える。リビングかベッドに行こう」
 「Nein!」
 「何が嫌なんだ?」
 ベッドルームに悪夢が広がっている、そんな子供でも言わないようなことを吐き捨て、嫌だ行きたくないと抱え込んだ膝の間に吐き捨てると、後頭部に再度大きな手が載せられた後、両脇の下に手を突っ込まれて強制的に立ち上がらせられる。
 「Nein!」
 「ベッドが嫌なんだな?じゃあリビングに行こう」
 リビングのソファなら、ラバーカップまで正確に再現されたあなたの好きなドラマに出てくる敵の等身大ぬいぐるみがあるだろう、それをハグすればいいと笑われ、思わず手を振り払った彼が驚く恋人に小さく告げたのは、ぬいぐるみは俺を抱きしめてくれないという、どちらも呆然としてしまう言葉だった。
 言ったほうは言ってしまった後悔に、言われたほうはそんな嬉しい言葉を聞けるとはという驚愕に同じ表情を浮かべるが、吐き出した言葉を取り消すことも出来ずにいると、脇の下に差し込まれた腕に引き寄せられて分厚い胸板に身体をぶつけてしまう。
 「ァウっ!」
 「・・・確かにあのぬいぐるみの腕はラバーカップだからハグできないな」
 痛いと悲鳴を上げれば汗でしっとりとする髪に口を寄せられ、自分はぬいぐるみとは違うことを証明するように背中へと腕を回し、軽々と抱き上げられてしまう。
 「・・・リビングで良いか、Mein Kaiser?」
 「・・・リアム・・・っ」
 ご希望通りリビングのソファに行こうと笑って髪に口づけられ、その優しさに滅多に見せない素直さから頷いてしがみつくように腕を回すと、背中を安心させてくれる手が何度か撫でてくれる。
 それだけで体内に残っていた悪夢の残滓が薄れ、脳内で乱反射をしていた言葉が勢いを弱めていく。
 リビングのソファの横、等身大のぬいぐるみがあるが、今はそれ以上に暖かで安心できる腕に抱かれていることを思い出すと、しがみつく腕に力を込めてしまう。
 「ケイ?」
 「・・・言葉が、うるさい」
 腕の中から聞こえる言葉の真意が咄嗟に理解出来なかったらしく、眉を寄せて顔を覗き込まれた為、己の脳内で響き渡る言葉を消したい、何も考えたくないから今すぐ抱けと口早に告げると、一瞬息を飲む音が聞こえるが、抱き上げられていて間近にある喉仏が上下した後、労わるようなキスが額に一つ降ってくる。
 そのキスが反射する言葉を消してくれる事を確信し、こんな手段でしか脳内の声を消すことが出来ない己を嘲笑うような笑みが自然と零れ出すが、額へのキスと同じ優しさで歪めた唇にもキスをされる。
 「・・・ん」
 二度のキスで体内に残っていた悪夢が霧散し、ハレーションを起こさせるような言葉の反射も掻き消え、その安堵に肩に頭を預けると、ベッドにそっと降ろされるまで目を閉じているのだった。

 

 希望通り意識が朦朧とするまで抱かれ、体内に残っていた悪夢も脳味噌の中で乱反射していた言葉も消すことができた慶一朗は、二人分のもので汚れる身体を綺麗にしてくれている恋人に気付きつつも、声を上げ続けて喉に声がこびりついてしまい、礼もロクに言えなかった。
 だからでは無いが、何とか腕を動かして掛布団を持ち上げると、嬉しそうな気配を滲ませながら隣に入ってくる。
 「・・・・・・リアム・・・」
 「ん?どうした?」
 まだ気持ち悪い所があるかと問いかけながら頭の下に腕が差し入れられたことに気付き、いつもならば気恥ずかしさから背中を向けるものの、今はそんな気持ちになれずにその腕に軽く頭を載せて身を寄せれば、背中に回された腕の温もりに自然と安堵の吐息を零す。
 「サーモン・・・」
 「ああ、明日オープンサンドにして食べよう」
 出掛けられるのなら近くの公園に行こう、無理ならリビングかベランダで食べようとキスの合間に囁かれて素直に頷くと、その素直さに何か思うことがあったのか、抱き寄せられて寝返りを打たれてしまい、恋人の身体に乗り上げてしまう。
 「もう大丈夫だ。もう怖い夢は見ない」
 「・・・そう、だと良いな・・・」
 「俺がいるから大丈夫」
 だから安心して眠れば良いと囁かれ、その言葉を信じていると伝える代わりに目を閉じて全体重を預けるように力を抜くと、背中をしっかりと抱きしめられる。
 その腕の強さが、悪夢の中で待ち続けた兄・総一朗が初めて抱きしめてくれた時と同じに感じるが、こちらの方がより暖かいと気付き、そのまま意識を手放すのだった。


2021.01.18
ひー(・・;)最初はホラーですね(゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)


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