045:居場所

Lion&Uwe

 数日前に起きた強盗殺人事件の犯人を、足が棒になるまで連日追いかけていたリオンは、自宅に向けて重い足を引きずるように歩いていた。
 いつもならば最愛の恋人に帰宅コールをするのだが、さすがに深夜にも近い時間と言うことからそれを躊躇ってしまう。
 この数日ろくに顔を合わすことも出来ず、同じ家に住んでいるにも関わらずにすれ違いの生活を送っていたため、本当ならば一分一秒でも早くあの穏やかな声を聞いて頑張ったと褒めて欲しかったが、恋人はどちらかと言えば規則正しい生活を好み、明日の診察に備えてもう今頃はベッドの住人になっているだろう。
 そんな彼を起こすのも忍びないと己を何とか納得させ、ようやく見えてきた自宅があるアパートの玄関に辿り着くと、出迎えてくれた警備員の目が驚きと労うような色になる。
 「今仕事の帰りかい?お疲れ様」
 「はは、マジで疲れたぜー」
 心やすくなった警備員の挨拶に疲労が滲んだ声でそれでも軽く返したリオンは、エレベーターに乗り込んで壁に寄りかかるように体をぶつける。
 「あー疲れたー。なぁんで人を殺して金を盗むかなー」
 殺しさえしなければ自分たちの管轄にならないのにと、日頃の言動とは裏腹に仕事にだけは熱心なリオンの口からこぼれ落ちたのは、この数日追いかけていた犯人への不満だった。
 エレベーターがフロアに到着したと同時に転がるように降り立ち、たった一つしか無いドアに鍵を乱暴な手つきで突っ込んだ彼は、強盗だけならば刑期も軽くなるのに何故殺人という最後の一線を越えてしまうのかと、やるせない気持ちで呟いてドアを開ける。
 長い廊下の先にあるベッドルームが遙か遠くに感じるほど己が疲れていることを知り、吐息を床に向けて落とすと、右手に伸びている短い-と言ってもこの家の広さからすれば短いだけで、一般的な住宅と比較すれば十分に長い-廊下を進んで己のために用意されている部屋のドアを開けて照明のスイッチを手探りで探す。
 目が眩むような明るさではないが、疲れている今の体には堪える明るさで室内の様子が浮かび上がると、ベッドの上で小さな声も上がり、壁に手を突いたまま蒼い目を何度も瞬かせる。
 以前の家から運んだ古いパイプベッド、そのコンフォーターの下から照明を受けてきらりと光る白とも銀ともつかない髪が見えていたのだ。
 「オーヴェ?」
 何故ここで寝ているとの疑問と眠りを妨げてしまった罪悪感と起こしてしまったものは仕方が無いという複雑な心境を表す小さな声で呼びかけたリオンは、寝返りを打った最愛の恋人の寝ぼけ眼という、年に数回拝めるかどうかの珍しい顔に見つめられて苦笑してしまう。
 「・・・今、帰ったのか・・・?」
 「うん。寝てたのに悪ぃ」
 寝てると思って連絡はしなかったが、結果的に起こしてしまったことを詫びたリオンは、ブルゾンやジーンズを脱ぎ捨てて下着一枚の姿になると、コンフォーターを捲って待ってくれているウーヴェの横に素早く潜り込む。
 一気に暖まる体から緊張が抜け疲労の色が濃くなるが、それを見越してか、ウーヴェの腕が腰を抱くように回され、その力に逆らわないように身を寄せると、シルクのパジャマが素肌に触れて小さく笑ってしまう。
 「どうした?」
 「くすぐってぇ。でも気持ちいい」
 だからもっとハグしてくれと、小さな子どものように強請れば、呆れたような溜息が間近で聞こえるが、背中に回った腕には力が込められる。
 「・・・もうちょっとでさ、犯人を逮捕できるかも」
 「・・・そうか」
 「うん、そう。あと少しって今日もボスと話してた」
 リオンが追っている事件についてはここ数日紙面を賑わしていたが、今は大企業の不正決算疑惑についての報道が一面を占めるようになっていた。
 世間の目から関心がそれたとしても事件は解決するまで続いている訳で、それを追うリオンも仕事に追われることに変わりは無かった。
 あと少しだと思う、その言葉通りになれば良いと声に出して祈ってくれるウーヴェに一つ頷き、顔を上げて間近にある白い頬にキスをしたリオンは、だからあと少し寂しいかもしれないが堪えてくれと笑いかけると、キスをした頬にさっと朱が走る。
 「・・・誰も寂しいなどとは言ってない」
 「ふぅん?」
 だったらどうして広くて十分に手足を伸ばして眠れる寝室の広いベッドではなく、狭くて古くてぎしぎしとうるさいこのパイプベッドで寝ていたんだと問いかけると、背中に回っていた腕が勢いよく離れて寝返りを打たれてしまう。
 「オーヴェぇ」
 「うるさいっ!」
 背中越しに聞こえる声に目を瞬かせるが、シルクのパジャマから見えている首筋と耳が真っ赤で、その言葉が照れ隠しであることをしっかりと見抜いたリオンは、肩に手を掛けて軽く引き寄せると、躊躇うような抗うような強さを感じ、赤く染まる耳に口を寄せておきまりの言葉と疲労困憊している己の心身を癒やしてくれと囁きかける。
 「素直じゃ無いお前も好きだけど、素直なお前はもっと好き」
 だからオーヴェこっちを向いてくれ、頑張ったと褒めてくれ、いるべき場所に帰ってきたんだと教えてくれと素直な思いを吐露すると、躊躇いを振り切ったように再度寝返りを打ったウーヴェがリオンが望む穏やかな顔で笑いかける。
 「俺の自慢のリーオ。今日もよく頑張ってきた。・・・お帰り」
 「うん、すげー頑張った」
 だから褒めてくれ、明日も今日のように頑張るための力をくれと声にしつつ額を重ね合わせると、望む言葉が不思議と心に染み渡る声で届けられる。
 「事件の解決を望む人がいる。その人達のために明日も頑張れ」
 そうして先ほどの言葉のように早期解決が出来た時にはささやかだけど二人で慰労と居場所の確認を兼ねた時間を持とうとも告げられ、心の底が暖まり力がわき起こってくる。
 目の前にエサをぶら下げられて頑張らないやつがいるわけが無いと笑ったあと、懐くようにウーヴェの肩に額を当てたリオンだが、頭を抱えるように手を宛がわれて無意識に安堵の吐息をこぼす。
 「おやすみ、リオン」
 「・・・うん。お休み、オーヴェ」
 寝室のベッドとは比べられないほど古くて狭いベッドだが、こうして二人身を寄せ合って寝るのも良いと笑い、言葉通りに背中を抱かれて安心したリオンは、狭い中でも何とか望む体勢を取るために一度起き上がり、ウーヴェを背中から抱いて頭の下に腕を差し入れる。
 愛する人をしっかりと腕に抱いたまま眠ればきっとこの疲労感も消え去るだろう。
 そんな思いからだったが、それが通じたのかウーヴェが己の頭の下にある腕を撫でたあと、軽く握られている手に手を重ねて目を閉じる。
 「ダンケ、オーヴェ」
 「ああ」
 すべての思いを込めた感謝の言葉にそれ以上の情を込めた短い言葉で返すと、あっという間に眠りに落ちたらしいリオンの寝息が背後から聞こえてくる。
 それにつられるようにウーヴェもあくびをし、一足遅れるように夢の中に向かうのだった。

 

2016.01.06


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