大陸の北にある大小いくつかの島が形成する小さな国。
小さいながらも人々は日々泣き笑い、護るべきものの為に戦いを繰り広げ、疲れた身体を癒す為に酒や女や家族らと共にいた。
そんな小さな国でも日は沈み、また日は昇っていて、そんな日々を過ごす人々の中に外見に顕著な特徴を持つ一人の青年がいた。
その青年の名はベリエス・A・アドラーと言い、この国の王位に就く若き王の親衛隊として他国にまで名を馳せていた。
彼が名を知られているのは親衛隊としての武勇だけでは無く、亡き兄と血を分けていることを感じさせる学問への造詣の深さもだが、それよりも何よりも、天上の神々に愛されていることを示す、端整な顔立ちと神々しさすら感じさせる銀糸が衆目を集めていたのだ。
彼を見た大陸の著名な詩人などは、遙かいにしえに信じられていた神が生身となって降り立ったと思えるとまで称したほどだったが、そんな彼が真冬の更夜、その身分や見た目を考えれば、みすぼらしさすら感じる深い緑のガウンを肩に羽織って暖炉の炎をぼんやりと見つめていた。
そのガウンは中の綿も薄くなっているようなもので、そんなみすぼらしいボロではなく、最高級品の毛皮をふんだんに使ったガウンを着てくれと涙を流す人がいてもおかしくなかったが、どんな理由からか、彼はそのガウンを手放すことはなかった。
そのガウンの前をしっかり合わせてクッションに寄りかかった彼は、クッションに埋もれるように横たえた身体を丸めている恋人が小さな声を上げたことに気付き、見えている栗色の髪をそっと撫でる。
つい先程まで心よりは体が求めるままに抱き合って互いの熱を感じていたのだが、互いの仕事の都合で久しぶりの休暇を共に過ごせることから、アドラーがいつも以上に時間を掛けて抱いた結果、年上の恋人は失神するように意識を手放してしまっていたのだ。
その恋人の意識が戻ってきたことに気付いた彼は、一人で暖炉の炎を見守っているのも飽きたから早く起きろと囁きかけ、不満たらたらな声に名を呼ばれて無言で肩を竦める。
「・・・・・・誰かさんのせいで体中が痛いんだけどねぇ?」
「それは気の毒なことだな」
クッションの合間から見える菫色の双眸が恨みを込めて睨んでくるのを素知らぬ顔で受け流し、その誰かさんが誰か分かれば報復してやるのになと笑うと、クッションがはねのけられ、日焼けしていない肌のあちらこちらに情事の痕跡を残したアドラーの恋人、カール・ウルリヒ・ラープサーが勢いよく起き上がる。
「良くそんなことが言えるね」
「気持ち良くしてくれと言ったから頑張ったんだけどな」
ついさっき、ここで抱き合っていたときに、今日は不思議な感じがする、気持ちよくして欲しいと言ったのは誰だと笑えば、穏やかな恋人の顔が一瞬で熟れた果実のように赤くなる。
「そんな生意気なことばかり言う口は封じなければならないね、うん」
「・・・っ!」
あぐらを掻いて不満を訴えてくる恋人を好意的な人からは神秘的と、嫌悪を持つ人からは獣の目と称される琥珀色の切れ長の双眸で見つめていた彼は、いつも穏やかでのんびりとしている恋人が己でも驚くほどの俊敏さを見せた事に目を見張るが、その言葉通りに口を封じられて目を白黒させてしまう。
「・・・カレル」
「そんな顔で呼んでも知らないよ、うん。今回は簡単には許さないからね」
さっきの彼の言葉がよほど腹に据えかねたのか、菫色の瞳に怒りを浮かべて見下ろしてくる恋人に艶のある笑みを見せたアドラーは、さっきは己が気持ちよくしたから今度はお前がしてくれと囁きかける。
その挑発的な顔に珍しくラープサーも太い笑みを浮かべると、金色に光る双眸を睨むように見下ろしつつ顎を掴んで互いの瞳に同じ色を見いだせる距離にまで顔を寄せる。
「・・・まったく。そんな顔をしてそんなことを言うきみは本当にベリアルのようだよ」
もっとも、地に墜ちた天使のようなきみであっても愛していることに変わりは無いとも囁くと、戦場では絶対に遭遇したくないと思わせる顔でアドラーが暗く嗤う。
「母からもそう呼ばれていたからな」
その述懐に籠もる感情を読み取れないラープサーでは無いため、己の真意を伝えるために今度は額を重ねて目を閉じる。
「ベリアル、戦場に舞い降りた美しすぎる悪魔、色々と言われているきみだけど・・・・・・」
私の前ではとんでもない悪戯や子どもっぽい顔を見せるアマデウスだと笑うと、アドラーの顔から波が引くように陰りが消えていく。
「・・・ベリアルと呼ぶな」
「うん、そうだね、きみはアマデウスであってベリアルや悪魔ではないね」
私たちの間ではきみの嫌いな名前であるベリエス-その由来は悪魔-は呼ばないとも告げると、安堵の吐息が二人の間に零れ落ちる。
アドラーを出産する際、長子とは違って酷く難産で、三日三晩アドラーの母は産みの苦しみにさらされ、ようやくアドラーが生まれたときには文字通り息も絶え絶えだったのだ。
そんな事情からか、目が見えるようになる前に父の親友に託され、以後その親友が養父となって育ててくれたことから、アドラーは己の両親に対しては他人よりももっと他人のような感覚を持っていた。
そんな事情を知るラープサーの言葉に意地悪な思いがこもっていることに気付いた彼は、己が嫌う名を呼ぶなと告げて頭を擡げると、恋人の栗色の髪に手を差し入れて固定してしまう。
「・・・・・・カレル」
「・・・さっきの仕返しをさせてもらうよ、誰かさん」
「やれるものならやってみろ」
互いの心を高揚させるためか、挑発するような笑みを浮かべて囁き合った二人だったが、どちらからともなくキスをすると、互いへの挑発をそのキスで封じあう。
濡れた音を響かせながら互いの素肌に手を這わせ、アドラーの肩からガウンを落としたラープサーは、また私のガウンを着ている、そんなに好きかと耳朶に口付けつつ囁くと、アドラーがラープサーの髪を軽く手の中に握る。
「・・・うるさい」
「本当に、その口を封じなければならないね」
憎まれ口を叩く口など封じてしまおうと笑うラープサーにアドラーもにやりと笑みを浮かべ、さっきとは違う事を示す様に目を半ば伏せて顎を上げる。
「カレル・・・来い」
その誘いはまるで禁断の果実に手を伸ばせと唆す悪魔のもののようで、アドラーの背中をクッションに押しつけたラープサーは、半ば姿を隠す金色の瞳に囁きかける。
「私のベリアル。私をどこに連れて行こうとしているんだい?」
「・・・気持ちの良い場所だ」
「そうか。じゃあ連れて行って貰おうか」
きみが言う気持ちの良い場所へと連れて行ってくれと囁いたラープサーは、返事をキスで受け取ると、目前の美しい悪魔にそれ以上何も言わせないようにするため、己の肌に残るものと同じ痕を透き通るような白い肌に遺していくのだった。
禁断の果実を手にした人間のように興奮を抑えられず、逸る気持ちのまま貪るように蹂躙するような暴力的な手荒さで抱くが、そんな抱き方であっても恋人の鍛えているのにしなやかさを感じさせる身体はいともたやすく受け入れ、言葉通りに気持ちの良い場所へと誘ってくれる。
誘いに乗るように腰を押しつければ背中が撓み、銀糸が顔の横へと綺麗に流れ落ち、暖炉の炎を受けてきらりと光る。
女のような柔らかさは無いが、しっかりと受け止めてくれるしなやかな強さを持つ背中にキスをし、中をかき乱せば背後に伸ばされた手が探るように肌の上を滑る。
その手を取ってクッションに押しつけた上から手を重ねると、快感を堪えるように握りしめられる。
手の中に閉じ込めた果実を分け与えて貰おうと、握りしめられている手を撫でて開かせ、今度は掌を重ねて指を曲げると、同じ強さで手を組まれる。
互いの手の中に閉じ込めたそれをより純度の高いものにしようと囁く代わりに、赤く色づく唇にキスをし言葉では無く熱を分け与えることでその思いを伝えるのだった。
果実を手に入れた興奮から冷めた後、暖炉の炎が爆ぜる音が大きく聞こえるような静寂が訪れ、その中で今度は二人揃ってクッションに埋もれるように身を横たえていた。
寝室に行く気力が無く、このままここで眠ってしまおうと睡魔に襲われつつ囁くアドラーにラープサーも頷くが、風邪を引いてしまってはいけないからと、寝室から毛布を運んでくる。
その上にみすぼらしいがアドラーが気に入ってしまっているために捨てることも出来ない緑のガウンを広げたラープサーは、恋人の端正な横顔にキスをし、ぐっすりと眠って新しい朝を迎えようと囁き、睡魔との戦いに負けたが最後の気力を振り絞ったような声でそうしようと返すアドラーの頬にもう一度キスをするのだった。
2016.01.02


