042:Indian summer day

Kain&千暁

 小春日和と、日本では耳に優しく響く音で呼ばれる初冬のまるで春のような暖かなその日、サンルームのガラス張りの天井から降り注ぐ冬の日差しの恩恵をたっぷりと受けたため、日が沈んで暗くなった夕方でも十分に暖かい温室のカウチに寝そべっているのは、もうすぐ恋人が帰ってくると連絡を受けて目を覚まそうとしている千暁だった。
 今日も一日頑張って働いただろう恋人を出迎え、用意しておいた食事を二人で取ろうと思っている為に何が何でも起きなければならなかったが、温室内に満ちている暖かな空気と植物の緑が目に優しくてついつい微睡んでしまいそうになる。
 このままここで微睡んでいても風邪を引く心配は無いが、帰ってきた彼に心配されてしまうことへの不安からカウチで身体を起こすものの、身体全体を取り巻く空気が、心を許した相手以外には氷の男と呼ばれる程冷たい恋人が手間暇を掛けて作り出したものである為に心身ともに安心しきってしまう。
 氷のように冷たい恋人が唯一手間も暇も掛けるのが、この温室で文字通りぬくぬくと育っている植物たちだけであることを初めて知った時は衝撃のあまり何も言えずに恋人を羞恥で怒らせてしまったのだが、今では千暁が最も良き理解者である為、今日も市場に買い物に出掛けた際に顔馴染みの花屋から半ば押しつけられる形で貰い受けた観葉植物を温室に置いたのだ。
 恋人と違って植物の善し悪しを選別する目を持っていない千暁は、今日この家にやってきた小さな緑が恋人の眼鏡にかなうことを願っていたが、それを思い出した時にようやく身体が目覚めてくれたのか、腕を突き上げて伸びをする。
 「・・・・・・そろそろ起きるかぁ・・・」
 そう、千暁が呟いた時、家のすぐ近くで特徴のある車のエンジン音が聞こえ、次いでガレージの電動ドアが開く音も聞こえてくる。
 恋人が帰ってきたことに気付いてカウチから立ち上がった千暁は、ドイツで覚えた冷たい食事ではなく、温かな食事を取って欲しいとの思いからスープを作っていたが、食べてくれるだろうかと一抹の不安を抱きながら温室からベッドルームに入り、そこからリビングへと向かうと、ちょうどリビングの対角線上にあるドアが開いて長身赤毛の恋人が入って来る。
 「お帰り、カイン」
 「・・・・・・ああ」
 仕事から帰ってきたばかりの恋人、カインはいつもどちらかと言えば不機嫌だった為、その素っ気ない返事にも何も思わずに頷いた千暁は、今すぐ食事の用意をするが先にシャワーを浴びて仕事上での嫌な思いと汗を洗い流してこいと笑うと、頷く代わりに緩く抱きしめられる。
 「カイン?」
 「・・・・・・・・・・・・メシと一緒に今日はワインを飲む」
 「うん。じゃあブルスケッタとスモークサーモンも用意しておくよ」
 「ああ」
 かがみ込むように抱きしめてくる恋人の腕を撫でて優しく頷いた千暁は、カインの冷たい唇がこめかみに押し当てられたことに気付いて目を瞠るが、そのまま歩き出されて目と口を丸くしてしまう。
 「ちょ、カイン!?」
 ぼくはまだシャワーを浴びるつもりはないし、食事の用意をするから一人で行って来いと、可能な限り身振り手振りとわめき声で伝えた千暁だったが、にべもない一言で沈黙してしまう。
 「うるさい」
 「・・・っ!!」
 自分の精神状態が悪いのだから唯一慰められるお前がいなくてどうすると耳の真上で強い口調で告げられて絶句するが、ブルスケッタが作れないと抵抗すると、いとも容易く千暁を肩に担いだカインがもう一度うるさいと呟いて沈黙させるが、ベッドルームからバスルームへと移動するかと思ったカインの長い足が向かっているのはバスルームではなく先程まで千暁が微睡んでいたサンルームだった。
 まだ千暁の温もりが残っていそうなカウチに身体を投げ出すように座ったカインは、座ると同時に千暁を己の足の上に座らせる。
 「・・・・・・アキ」
 「もう、ご飯の準備をするって言ってるだろ?」
 それなのにサンルームに連れてきてどうしたんだと、カインの足にしっかりと腰を下ろしながら大きな目を吊り上げた千暁は、お前から太陽の匂いがしたからついサンルームに来てしまったことを教えられて再度絶句し、ここで寝ていたのかと問われて無言で頷く。
 「それでイイ匂いがするんだな」
 「そう?」
 「ああ。・・・・・・心が一杯になる」
 いつもならば千暁が言いそうな言葉をさらりと告げて千暁の肩に額を軽く押し当てたカインは、言葉では怒っていながらも優しく温かな腕が首の後ろ辺りへと回された事に気付いて目を細める。
 「・・・・・・お疲れ様、お帰り、カイン」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
 食事という物質的な満足感ではなく、こうして触れあうことでの満足感を得たがっていることに気付けば、当然ながら千暁が反対できるはずもなく、満足するまでこうしていようと告げて赤い髪に頬を押し当てる。
 「仕事、忙しかった?」
 「そうでもない。・・・一緒に仕事をしたヤツがバカだったから疲れただけだ」
 「そっか。お疲れ様」
 そんな同僚相手にお疲れ様と、心から労いながら赤い髪を指で梳いて手で撫でた千暁は、胸辺りに小さな溜息が吹きかけられたことに気付いて視線を下ろし、灰色の切れ長の瞳に満足そうな色が浮かんでいるのを発見する。
 千暁がピアノの前に座ると自然と心が穏やかになる様に、カインも観葉植物で溢れかえるサンルームに来ると心身が穏やかになって満たされるようで、自分と形は違っていても心を落ち着かせる文物をカインも持っていることに自然と胸を撫で下ろす。
 「今日さ、花屋のジェシカがカインにって言って、観葉植物を譲ってくれたよ」
 「・・・・・・・・・ああ、あれか」
 「うん、そう。ぼくは良く分からないけど、どうかな?」
 カインの視線が千暁が振り返りつつ目を向けた方へと向かい、暫くその場所に留まっているが、一つ溜息を吐きながら千暁の顔を上目遣いに見つめる。
 「・・・ダメ?」
 「ジェシカからというのが引っ掛かる。お前がイヤでないのならウーヴェのクリニックに持って行ってくれ」
 「え?あ、うん。きみがそう言うのなら、そうする」
 詳しく理由は聞かない方が良いと判断した千暁が少し残念そうに告げると、宥めるようなキスが頬と口の端、そして鼻先へと落とされる。
 「そんな顔をするな、アキ」
 「・・・うん」
 「アキ、シャワーは後にするから、メシにするぞ」
 「あ、うん。じゃあサーモンとオニオンを載せる?」
 機嫌を直してくれと願うようなキスを何度もされてしまえばいつまでも納得のいかない顔をしていられず、ついくすくすと笑ってカインの首に一度ぎゅっとしがみついた千暁は、少し遅くなった食事に取り掛かろうと笑い、立ち上がってカインの腕を引っ張る。
 「小春日和がいつまでも続きそうで、このサンルーム本当に気持ち良い」
 きみが作った温室だから気持ちよくて当然なんだろうが、本当に気持ちよくて今日は食事の用意をした後はずっと寝ていたことを告げて舌を出すと、カインの大きな手が千暁の黒髪の上にぽんと載せられ、その後軽くくしゃくしゃにするように手が動く。
 その行為がカインの照れ隠しであることに今は気付いている千暁が嬉しそうに笑い、美味しいご飯を二人で食べて更に美味しいものにしようとカインを見上げ、素っ気ない頷きを貰うのだった。

 

2012.12.02-2013.01.08まで webclapとして公開


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