天気の良い休日の朝、ここ数日来の習慣になっている事をする為にまだパジャマを着たままのウーヴェがバルコニーからブリキで出来たじょうろを手にベッドルームへと戻ると、バルコニーに出る掃き出し窓の傍に置いたベッドの中央で人型に盛り上がるコンフォーターに苦笑し、バスルームのドアを開けてじょうろに水を注ぎ入れる。
数日前にようやく花を咲かせ始めた向日葵に日課になっている水やりをするのだが、この向日葵の種は一年前に知り合った朴訥な青年が無造作に手渡した向日葵から取ったものだった。
さすがにガーデニングについての知識などないウーヴェだったが、昨年の向日葵があまりにも印象が強く、どうしてもこの向日葵から種を取って咲かせたい為にその青年に連絡をして種の取り方や植え方などを聞き、春と夏が入り交じるような休日に植えたのだが、初心者が不器用ながらも何とか植えたプランターに若芽が顔を出して日々成長していき、ようやく花が開いたのだ。
その感激から水やりを欠かすことなく続けた結果、初夏を迎えた今プランターの中では狭いのではと思案するほどの大輪の花を咲かせるようになっていた。
そもそもその向日葵を貰った経緯を思い出し、ついでにその時に感じた思いも蘇らせたウーヴェは、規則正しい寝息に合わせて上下するコンフォーターを横目に見ながら再度バルコニーに出ると、プランターの中で早く水をくれと言いたげに顔を擡げる向日葵たちの前にしゃがみ込む。
こんな風に水を求めて顔を上げ、早くくれと強請っているように見えたり、照りつける初夏の日差しにも負けることなく顔を上げ続け光りを追い求め続ける様を見ていると、つい一人の男の貌を脳裏に思い描いてしまう。
どれほどの辛い現実にも真正面から向かい合える強い男だが、その顔で自信に満ちた光を湛える双眸は、まるでウーヴェの背後の上空に広がる蒼穹の様に澄み渡る青で、時として正面から見つめることが困難な強さを宿すこともあった。
この花が持つ華やかさやしなやかさ、そして何よりも光に向けて顔を上げ続ける強さが彼を象徴しているように思い、ついつい重ね合わせてしまう己に小さく溜息を零すと同時に、そんな強い男に惚れた己を褒めたくなってしまい、朝から何を考えているんだと頭を振って芽生えた思いを振り払う。
「・・・今日も綺麗に咲いてくれたな」
脳裏と目の前の双方で咲き誇る花のような笑顔と花そのものに小さく礼を言い、顔を天へと向ける大輪の花に顔を寄せたその時、急に花に影が落ちた事に気付いて顔を振り向ければ、壁に肘をついて頬に拳を宛がったリオンが睡魔と不機嫌さが絶妙に入り交じった顔で見下ろしていた。
「おはよう」
「・・・・・・セルブス」
短く返される一言がどうも恋人の不機嫌さを伝えているようで、寝起きの不機嫌さではない事を察したウーヴェが立ち上がってリオンの頬に手を宛がいながらどうしたんだと小さく問えば、みるみるうちにリオンの唇が尖りだし、拗ねた子どもの顔で睨まれる。
「・・・・・・なぁんで向日葵にキスなんかするんだよ」
オーヴェがキスをして良いのは俺だけだと腕を組んでウーヴェを睨んだリオンだが、ウーヴェがその言葉に呆気に取られたのも気にくわないのか、ついにはそっぽを向いて拗ねてしまう。
「────リーオ」
「・・・・・・んだよ」
「おはよう、リーオ」
朝の挨拶をもう一度穏やかな顔で囁いたウーヴェは、青い虹彩だけが自分へと向いた顔に掌を宛がってしっかりと固定すると、横を向いた唇に小さな音を立ててキスをする。
「花に嫉妬してどうするんだ?」
「お前がそんな顔でキスをして良いのは俺だけだっての」
何で花にそんな顔を見せるんだよと、横目でじろりと睨まれて随分と朝から機嫌が悪い事を察し、それでも腹を立てることなどないウーヴェが恋人の頬を両手でしっかりと挟んで顔を正対させると、今度は鼻の頭に同じように小さな音を立てて口付ける。
「リーオ」
花に嫉妬などするなと思う心と、先程のキスは脳裏に浮かんだもう一つの花のような笑顔に対するものだったと苦笑し、もう一度じろりと睨まれて器用に肩を竦めてみせる。
「これでもまだ許せないか?」
鼻の頭と寄せられて皺が寄っている眉間、枕かシーツの跡が少しだけ残っている頬の順にキスをし、最後に唇にそっとキスをして少しだけ茶目っ気を込めた目で見つめれば、どんな思いからかは分からないが大きな溜息が一つ零された直後、背中に腕が回されて抱きしめられる。
「・・・・・・起きたらお前がいなかった」
「・・・・・・ああ」
それがそもそもの不機嫌の理由かと気付き、花に水をやる為にバルコニーにいたと告げながら広い背中に手を回し、宥めるようにゆっくりと撫で続ければ安堵の吐息が肩越しに落とされる。
いつ頃からだろうか、寝起きや酷く疲れて帰宅して寝る直前など、ウーヴェが傍にいないと文字通り拗ねた子どものようにふて腐れた態度を取ることが多くなってきていたのだが、それが今朝も現れたのだと改めて気付いたウーヴェは、悪かったと謝罪をしようとするが、脳裏に幼馴染みが過保護になるのもいい加減にしろと呆れた声で忠告をする様を思い描いて押し止め、ただ無言で背中を撫で続ける。
「・・・・・・オーヴェぇ」
「どうした?」
その、甘えたような鼻に掛かったような声から恋人の機嫌が上を向いたことを知り、安堵に胸を撫で下ろしたウーヴェは、その気持ちのまま穏やかな声でどうしたんだと問いかけ、例え過保護になるなと言われても仕方がないと思いつつ、つい小さな子どもにするように髪を撫でて抱きしめれば、嬉しそうな小さな笑い声が二人の間にこぼれ落ちる。
「腹減った、オーヴェ」
「ああ・・・・・・向日葵に水をやってから朝食にしようか」
「えー、水なんかやらなくても良いって」
「だから花に嫉妬するなと言ってるだろう?」
それに初夏を迎えた今、花には水をたっぷりとやらなければあっという間に枯れてしまうんだと声を険しくすると、怒られた悪戯小僧の顔で舌を出したリオンがそっぽを向く。
「・・・・・・じゃあ早く水をやってさ、朝飯にしようぜ」
恋人の中で精一杯の妥協点がそこなのか、むくれながら腕を組んで壁に背中を預けたリオンに苦笑し、ブリキのじょうろから柔らかく絹糸のような水を花と土にしっかりと降り注いだウーヴェは、弱っている花が無いことを確認するとじょうろをプランターの横の定位置に置き軽く手を払ったかと思うと、未だにむくれているリオンの頭の上に片手を付いて身体を支えると、驚く蒼い瞳に挑戦的な笑みを浮かべて尖っている唇に唇を押しつけて物心両面からその形を変化させていく。
「────ん・・・」
「・・・・・・気が済んだか?」
一頻り互いの唇の感触を確かめ合うようにキスをし、そっと離れた唇の間に吐息を零したリオンに余裕の笑みを見せたウーヴェは、嬉しさ半分悔しさ半分の顔で睨んでくる恋人に肩を竦め、まだ気が済まないのかとさすがに呆れた声を出すが、首の後ろで軽く手が組み合わされたことに気付いて目を細め、駄目押しとも許しとも取れるようなバードキスを繰り返す内に次第にリオンの口角が上を向いた為、自然と笑みを浮かべて止めろと言われるまでそれを繰り返す。
「オーヴェ、止めろって」
「止めても良いのか?」
「・・・・・・この野郎っ!」
「こらっ!」
一声吼えたリオンがウーヴェの首の後ろで組んでいた手で白い髪を左右からしっかりと挟んで固定し、悪戯なキスを繰り返す唇を封じる為にリオンからキスを仕掛け、身体を反転させて壁と己の間にウーヴェを挟み込むと、角度を変えてウーヴェの口内を朝一番の欲と情で満たし、縋るような腕が背中に回された事に思わずほくそ笑んでしまう。
「ん・・・っ!」
「・・・・・・うん、これで許すよ、オーヴェ」
「・・・・・・・・・バカたれっ!!」
ようやく離れた唇で許すと伝えて笑みを浮かべたリオンを、目元を赤くしたウーヴェがキッと睨み付け、悔しそうに口元を腕で覆って顔を背けるが、向日葵にキスをした為に抱いた嫉妬をこれで解消すると教えられて胸を撫で下ろす。
「朝飯さ、久しぶりにアリーセが作ってくれたスクランブルエッグが食いたい!」
「・・・・・・チーズオムレツはどうするんだ?」
いつもの顔で笑うリオンに溜息一つで総てを流し去り、太い腕が腰に回された事に気付いたウーヴェが少しだけリオンへと身を寄せ、お前がいつも大騒ぎをする好物を今日は食べないのかと問いかけるが、チーズオムレツは昼に食べると胸を張られて素直に吹き出してしまう。
「あ、何だよ」
「何でもない・・・・・・ベーグルで良いのか?」
「んー・・・・・・ゼンメルにしようかなぁ」
「分かった」
二人で賑やかに言い合いしつつバルコニーからベッドルームに戻り、朝飯はバルコニーで食べようとリオンが提案した為、ウーヴェもそれも良いなと笑ってキッチンへと向かうのだった。
思わぬ事でリオンの嫉妬を受けてしまった、その恋人のようだと例えられた向日葵だが、程なくして出来上がった朝食と飲み物をそれぞれがトレイに載せてバルコニーに運んできた後、いつものように二人だけなのに何故か賑やかになる貴重な時間を過ごす傍で、あるかなしかの初夏の風に大輪の花をそっと揺さぶられているのだった。
2011/07/19


