028:Without you

ー Lion & Uwe ー

 今日も今日とて大企業の会長の肩書を持つ上司とそれなりに忙しく仕事をこなしたリオンは、結婚して以来欠かすことのない帰るコールを最愛のウーヴェに送るが、呼び出しのコールが10回を超えても声が聞こえる事はなかった。
 カーナビの時計を確認し、今日の診察はもう終わっているはずだし、急な来客でもあったのかと思いつつ車を走らせ、クリニックの地下駐車場に滑り込ませる。
 車外の気配は初夏の夕刻、仕事を終えた人たちが帰路に着いたり、気心の知れたもの同士で飲みに出かけたりするのか、仕事に出向く時とはまた違う雰囲気を身に纏った人々が行き交っていた。
 その空気を感じながら階段を一段飛ばしに駆け上がり、クリニックの重厚な両開きのドアを発見し、診察終了の札がぶら下がっているドアノブを掴んで静かのドアを開ける。
 いつもならば書類整理をしているかラップトップを操作している超がつくほど優秀なリアがいるデスクは無人で、ラップトップも使われている気配がなかった為、今このクリニックにはウーヴェしかいないと簡単に想像できた。
 だからではないが、診察室のプレートが掲げられているドアをノックする為に握った拳を顔の高さに持ち上げるが、ふと何かが気になり、いつもならば信じられないが、やる時はやる男だと証明するかのように静かにドアをノックする。
 「・・・・・・どうぞ」
 たっぷり10を数えられる時間の後、掠れた声が入室を許可してくれたが、その声に内心ひやりとしたものを感じたのは、きっと前職で叩き込まれたものだろうと微苦笑し、いつものように笑顔でドアを開ける。
 「ハロ、オーヴェ!電話したのになんで出てくれねぇんだよー」
 帰るコールには必ず出てくれよと、顔面だけで不機嫌さを表したリオンだったが、窓際のチェアに腰を下ろしているウーヴェの両足が珍しく、本当に珍しくコーヒーテーブルの上に投げ出されていた為、一瞬で異変があったことを察する。
 「・・・・・・どうした、オーヴェ?」
 「・・・・・・うるさい」
 「あー、まーたそんなことを言う」
 どうしたって聞くだけでうるさいなんて言われたら会話になりませんと、腰に手をあてがいながらゆっくりとウーヴェと窓の間に立つと、掌で覆われた顔がそっぽを向く。
 その、めったにない仕草に異変があったのは物理的なものよりも心理的なものだと察し、上体をかがめて肘置きに手をつくと身体ごと逃げようとした為、微苦笑しつつ本当にどうしたと問いかければ、指の間から不機嫌さで化粧されたターコイズの双眸が姿を見せる。
 この様子だと本当に何かあったと判断したリオンが、はいはい、どうしたと言いながらウーヴェの両足を一まとめに小脇に抱えて対面するようにテーブルに座り込む。
 「オーヴェ」
 何があったか言ってしまえ、無理なら無理でも良いが、せめて顔ぐらい見せろと肩を竦めつつ懇願するように呟けば、顔を覆っていた掌が腿の上に移動する。
 その隙を逃さずにサマージャケットのポケットから割と大きめのキャンディを一つ取り出すと、不機嫌そうに結ばれている唇にイタズラなキスをする。
 そのキスに流石に驚いたのかどうなのか、ウーヴェの唇が上下に離れた為、器用に包みから取り出したキャンディを押し込む。
 「・・・っ!」
 「不機嫌なオーヴェもセクシーで好き。でも・・・・・・」
 一番好きなのは、今どんな想いから不機嫌になっているかをちゃんと説明し、己の感情を共有させてくれるお前だと目を細めつつ囁けば、ウーヴェの口の中でキャンディが砕ける音が聞こえた為、リオンがそれ以上何も言わずに対面から隣へと移動し、痩躯を抱き寄せる。
 「オーヴェ、いつも言ってるけどさ、素直じゃないお前も好き。でも、素直なお前はもっと好き」
 だから何があったか言ってみろと、もしかすると近年稀に見るほどの怒りを覚えているであろうウーヴェの耳に囁きかけると、不機嫌そうに結ばれていた拳が開いてリオンの腹に回され、更に身を寄せてくる。
 言葉にして出された感情は無いが、今出来る精一杯の行動だと理解しているリオンが一つ頷き、ウーヴェのこめかみにそっと口付ける。
 「教えて、オーヴェ」
 今俺は俺の考えでお前をハグしているが、一番して欲しいことは何だ、お前のように人の心を読み取る力がない俺に教えてと、キスをしたこめかみから少ししたの耳に囁きかけると、このままでいいという微かな声が聞こえた為、気合いを入れるように一つ掛け声を放つと、ウーヴェの痩躯を足の上に引き上げて横抱きにする。
 「疲れちゃったか?」
 「・・・同じ、男として・・・腹が立った」
 ホームと呼ぶ孤児院に遊びに行った時など、些細なことで喧嘩をしてしまって泣いている幼い子供を膝に抱き上げて背中や肩を撫でていると落ち着きを取り戻すが、ウーヴェの肩や背中も同様の効果があるようで、ゆっくりとした動きで背中を撫でていると、ウーヴェの口からポツリポツリと言葉が零れ落ちる。
 それをしっかりと受け止めながら頷いたリオンは、未成年の少女か誰かが被害者になった事件で鑑定をして欲しいと言われたのかと問いかけると、リオンの腹に回されていた腕に力がこもる。
 ウーヴェの怒りの元を理解できれば、後リオンに出来ることは一つだった。
 「────お疲れ、オーヴェ」
 疲れを労いながらウーヴェの気分が少しでも浮上するようにキスをし、その身体を抱きしめるだけだった。
 人に触れられたくない時は手を払うだろうが、不機嫌な時ほどどうやらリオンの温もりが欲しいのか、無言でしがみついてくる癖を思い出し、お前の気が済むまでこうしていてやる、だから何も気にすることなく思っていることを吐き出してしまえと、ウーヴェの背中を軽く、それでも確実に押してやると、口内に残っているキャンディを苛立たし気に再度噛む音が響く。
 珍しいその歯軋りにかなり怒りを抱いたのだろうと思い、ウーヴェが胸板に額を押し当てていることから、器用にスマホを取り出してニュースをチェックする。
 二人が暮らす街から少し離れた小さな町で起きた複数の少女ばかりを狙ったレイプ事件、その犯人が逮捕され取り調べを受けている事がトピックスに並んでいて、ああ、これかと内心呟きつつウーヴェの背中を撫でていた手で髪を撫で、次いでそこにキスをする。
 「・・・マックスが・・・こちらで起きた強殺の犯人もそちらの事件に絡んでいるから、と・・・」
 不愉快そうな顔でやってきたことを告げると、リオンが無意識に溜息をこぼす。
 「そっか・・・でもさ、マックスなら信頼できるよな?」
 確かに不愉快極まりない事件だが、担当者がマックスなら任せられるし、彼に頼られたら全力で仕事に取り掛かるだろうと、ウーヴェの気持ちを的確に言葉にしたリオンは、のろのろと顔が挙げられたことに気付き、髪を撫でた手を怒りのために血色が悪くなっている頬に添えると、ウーヴェの怒りと不機嫌さに染まったターコイズが瞼に覆われる。
 「・・・うん」
 「さすが俺のオーヴェ。お前はどれほど腹が立っても被害者の少女たちを救いたいマックス達の為に鑑定することも出来るよな」
 血の気が失せるほど怒り狂っていたとしても、被害者の為なら己の感情を押し殺して仕事ができる立派な男だと手放しで褒めつつウーヴェの頬を撫でて鼻の頭にそっと口付ける。
 「な、オーヴェ、出来るな?」
 「・・・・・・でき、る」
 「よし!────じゃあ約束しようぜ、オーヴェ」
 見ず知らずの少女が負った傷を想像すれば自然と己のそれへと意識が向いてしまうだろうが、そうなる前に意識的に別のことを考える、無理なら俺の声を思い出せ、久し振りの約束だと笑うリオンを驚いたように見つめたウーヴェだったが、リオンの言葉を全面的に信じていると伝えるように小さいながらも強く頷いた後、広い肩に額を当てて目を閉じる。
 「────リーオ、背中が・・・・・・痛い」
 「そっか」
 背中の傷は最早痕として残るだけで痛みを覚えることはないが、傷を負った事件を連想させる出来事に直面すると過去から痛みがやってくるようで、それを口にするとリオンが一言だけ当時となんら変わらない口調で答え、今度は両手でウーヴェを抱きしめる。
 「今はハグしか出来ねぇけど、家に帰ったらお前の勲章にキスさせてくれよ」
 「・・・・・・うん」
 夜毎行なっているそれだが、今夜のものは特別な思いを込めて行うので、特別バージョンだと笑うリオンにウーヴェの下がりっぱなしだった口角が少しだけ上を向き、うんという返事が間を置いて二度零れ落ちる。
 「だから、それまでは、はい」
 誰にも何の遠慮もせずにハグしてやると、言葉だけではなく行動で示したリオンは、己の腕の中で身動ぎしながら最も居心地の良い場所を探し当てたウーヴェの口から安堵にも似た溜息がこぼれ落ちたことに気付き、白とも銀ともつかない髪に頬を宛てがい、どちらも満足するまでじっとそのまま互いの背中を抱きしめているのだった。

 

 

 ウーヴェの滅多に見ない激情が山を越えたらしく、羞恥の篭った咳払いが聞こえた後、顔を洗ってくると教えられてリオンも名残惜しげにウーヴェから手を離す。
 溜息一つを同時に零した時、ウーヴェの口の中にまだキャンディの欠片が残っていることにリオンが気付き、立ち上がろうとしたウーヴェの腕を引いて引き止める。
 「リーオ?」
 「キャンディちょうだい、オーヴェ」
 リオンがニヤリと意味有り気に見上げつつ呟く言葉の真意が最初分からずに首を傾げそうになったウーヴェだったが、マジで鈍いんだからーと朗らかに貶された後、伸び上がったリオンがウーヴェに先程よりは明確に意思を込めてキスをし、隙間に舌をねじ込んで口内で所在無げに佇んでいたであろう欠片を舌で掬い取る。
 「っ!!」
 「・・・・・・ん、確かにもらいましたー」
 悪戯っ子の顔で笑えば何も言えずに頬を少しだけ赤らめたウーヴェが可愛くて頬に素早くキスをしたリオンは、これ以上調子に乗れば間違いなく不機嫌さの矛先が己に向けられると察し、反動をつけて立ち上がると、呆然としているウーヴェの腕を己の腰に回させ、顔を洗いに行こうと診察室から出て行こうとする。
 「〜〜〜バカタレ!」
 「ぃてっ!」
 羞恥に頬を染めるウーヴェがお決まりの文句を吐き出した後、これもまたお決まりのようにリオンの腰を一つ抓ると、リオンが大げさに悲鳴をあげる。
 「もー恥ずかしがり屋さんなんだからー」
 「うるさいっ!」
 リオンが診察室に入った直後に聞かされたそれとは全然違う同じ言葉にニヤリと笑みを浮かべつつ、顔を洗って早く家に帰ろうぜ、そして美味い飯とビールで嫌な気持ちだけを流し去って仕事へのモチベーションだけを残そうぜと少し低い場所にある耳に囁きかけると、腰に回された腕に力を込める返事がある。
 「・・・・・・今日もお疲れ、オーヴェ」
 「ああ・・・お前も、お疲れ。────ダンケ、リーオ」
 「んふー。やっぱりお前に礼を言われるの、すげー気持ちよくて好き」
 だからいつでも何度でも礼を言って、でもお前が傷付いた結果の礼は極力避けてくれと、なかなか難しい注文をつけたリオンにウーヴェが呆気に取られるが、善処しようと苦笑交じりに返し、信頼の証にさらにリオンに身体を寄せると、同じように腰に腕を回されるのだった。

 

 その後、自宅に帰った二人だったが、リオンが希望した美味い飯は、玄関のドアを後ろ手で締めた瞬間にウーヴェがリオンにしがみ付くように抱き着いた結果、明日の朝食へと持ち越されることが確定してしまう。
 そうなったらそうなったで構わないと、疲労を滲ませた顔にキスをしたリオンは、ベッドにウーヴェを少しだけ丁重に投げ出すと、慌ただしくキッチンに駆け込み、流石に少し腹が減ったからと言い訳をして冷蔵庫に作り置きしてあったベーグルのサンドとビールと水を持って戻ってくると、コンフォーターにすっぽりと包まっているウーヴェの身体と思われる場所を持ち上げて座り込んだ腿の上に引っ張り上げる。
 「・・・リオン」
 「どーしました、ヘル・コンフォーターガイスト?」
 「・・・大丈夫、だろうか・・・」
 「大丈夫だ」
 心配性のヘル・ガイスト、いつもと比べれば少しだけ緊張するだろうが、大丈夫、お前は一人ではない、どこにいても俺が一緒だと、シーツに隠れている頭の辺りをポンと撫でたリオンは、サンドに噛り付いてビールで流し込むと、それよりも、ヘル・ガイスト、ビールを飲みませんかと囁きかける。
 「・・・いる」
 「じゃあ顔を見せてくれよ」
 俺の大好きなお前の顔を隠さないでくれよと、コンフォーターの上から覆い被さったリオンの耳に小さな笑い声が流れ込み、ニヤリと笑みを浮かべたリオンがそのままぎゅーっと抱きしめる。
 「こら、リーオっ!」
 「顔を見せないとずーっとこのままでーす」
 離してなんかやりません、ええ、やりませんともと、丁寧なのか横暴なのか咄嗟に判断がつけられない言葉を言い放ったリオンは、腕の中でもぞもぞとウーヴェが動いていることに気付き、そっと身体を起こすと白とも銀ともつかない髪が濃紺のシーツの上で波を打ち、ついで優秀さを示すような額、意志の強そうな、だが限りなく優しい眉が見えたかと思うと、リオンが待ち望むターコイズの双眸が様子を窺うように姿を見せる。
 「・・・ビール」
 「はいはい。じゃあ起きろよ」
 コンフォーターを被ったままでも構わないから座れと苦笑するリオンに頷いたウーヴェが起き上がり、ベッドヘッドに背中を預ける。
 「────大丈夫、だな・・・」
 「ああ、大丈夫だ」
 お前なら出来る、あの事件の後でもちゃんと仕事に復帰しているお前なら大丈夫と、ウーヴェと肩を並べて同じようにもたれかかったリオンは、ビールのボトルをそっと差し出して受け取られたことに安堵し、自分のための水のボトルを手にとる。
 「・・・やって、みる」
 「ん。いつも通りにすれば絶対に大丈夫だ」
 さあ、そのビールを飲んでいつものように顔を上げようか。
 リオンが敢えて言葉にしないそれをしっかり聞き取ったウーヴェがビールを一気に飲み干すと、気合いのこもった長い息を吐く。
 「────よし」
 「・・・オーヴェはそうでなきゃな」
 ビールのボトルを奪い取ってニヤリと笑みを浮かべたリオンは、愛する人の弱い顔も好きだが、やはりいつもの穏やかな、だがその奥には自信もある顔が好きと衒うことなく告白すると、ウーヴェの身体が傾いでリオンの肩にぽすんと頭が載せられる。
 「・・・お前がいてくれるから、いつもの俺に戻れる」
 「そっか」
 「ああ」
 お前がいなければ、きっと昔悪夢にうなされていた時の様にクローゼットに逃げ込んで仕事の直前までガタガタ震えていたはずだと、流石に顔を見ることは恥ずかしいからできずに囁くと、コンフォーターの上でリオンの左手が意味有り気に差し出された為、俺の手がここにあるから大丈夫と、その手を両手で握って額に押し頂いた後、クリニックから帰宅して以来初めての穏やかな笑みを浮かべる。
 「一応俺の左手なんだけどなー」
 「うるさい、俺のものだ」
 本来は俺のものをお前に貸し与えているだけなのだから、俺が必要な時にはすぐに持って来いと、そんな無茶なと嘆くリオンの顔にも笑みが浮かんでいて、互いに横目で見つめあった後、くすくすと笑い出す。
 「・・・朝食、期待していいか、オーヴェ?」
 「ああ、お前の好きなものを作ってやる」
 だから今夜はそのサンドイッチとビールで我慢してくれと、ようやくリオンの横顔を見つめたウーヴェにリオンも片目を閉じて期待していると頷く。
 「じゃあ今日はこのまま寝ちゃいますかー」
 俺がいないとダメだって超絶嬉しい言葉も聞けたことだし、この幸せ気分のまま寝ちゃいましょうと、ウーヴェの肩を抱いてズルズルとシーツに背中を沈ませたリオンは、抵抗せずに大人しくコンフォーターを持ち上げられてそそくさとその中に入り込み、初夏だからまだ我慢できると笑いながらウーヴェを背中から抱きしめる。
 「────おやすみ、オーヴェ」
 「・・・うん」
 リオンの言葉に小さな子供の様に返事をしたウーヴェは、腹の上に垂らされている左手に右手を重ねながら目を閉じるのだった。

 

 数日後、吐露した不安をリオンの存在を思い出すことで乗り越えたウーヴェは、疲労感とそれ以上の達成感を滲ませた笑顔でリオンに無事終わったことを報告し、盛大に褒められるのだった。

 


2020.06.20
やっぱり、この二人はこんな風に支え合うのが基本ですよね。書いていて安心できます(^_^;)


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