027:Taboo

Lion&Uwe

 その日は一日中篠突く雨が降っていて、ウーヴェがリオンと共にゲートルートで食事を終えてリオンの家に向かう時でさえも、スパイダーのソフトトップを激しく叩き付ける雨音が車内に響くほどだった。
 今日はリオンとの食事に浮かれ気分でいつにも増してワインやビールを飲んでも料理を食べず、ベルトランが厨房から客が少ないのを良い事にもっと食えと陽気に怒鳴る程で、リオンがその声に調子に乗ったようにフォークで豚肉を煮込んだものを食べやすい大きさに切り分けた一つをウーヴェの口元に差し出した為、さすがに顔を赤くしたウーヴェが食べられるから貸せとフォークを奪い取る一幕もあった。
 リオンの部屋がある老朽化が進んだアパートの階段を昇り、いつものように部屋が散らかっているんだろうなと、この件に関しては最近覚えた諦めの溜息を零しつつ問いかけると、先に階段を昇っていたリオンが肩越しに振り返って不気味な笑みを浮かべる。
 「だってさ、部屋の片付けは俺にとってはタブーなんだって、オーヴェ」
 「何がタブーだ。それを言えば部屋の散らかり具合の方がタブーだぞ」
 「あ、それひでぇ!!」
 どうしてそんな事を言うんだよと頬を膨らませながらも楽しげで、リオンのその気配がじわりとウーヴェにも伝わって心を跳ね上げさせる。
 ドアを開けて目の前に広がる、まるで家宅捜索でもしたのかそれとも強盗に入られたのかと疑いたくなるような散らかり具合に溜息一つで腹を括り、とにかく自分たちだけでも座れる場所を作ろうと床のジーンズを手に取れば、ネクタイが出てきた為にそれも手に取り、次いで顔を出した靴下に忍耐力を使い果たしてしまう。
 「洗濯するものとしたものを一緒にするな」
 「んー、面倒くせぇ」
 「リーオ」
 いい加減にしないと大変なことになるぞと、眼鏡の下からちらりと睨めば、気をつけると肩を竦められる。
 「まったく・・・・・・ん?」
 そうしてようやく床が姿を見せた事に溜息を吐くが、サッカーボールの下敷きになっている封筒らしきものを発見し、そっと手に取ればリオンがウーヴェの肩に顎を載せて覗き込んでくる。
 「あー、ここにあったんだ」
 「ゼップか?」
 「うん。懐かしい写真が出てきたらしい」
 だから送ってきてくれたが、相変わらず宛名が王様ではなく女王様になっていると鼻を啜り、写真を見ても良いのかとウーヴェが視線だけで問いかければ、もちろんと片眉を上げてウーヴェの肩越しに封筒から写真を取り出す。
 ウーヴェの手の中の古びた写真では、顔の彼方此方に赤だの紫だのの痣を作り、それでもカメラに向かっている三人の少年達が思い思いの表情で佇んでいた。
 「随分と派手な顔をしているな」
 「あー、うん。これ撮した前の日にさ、ちょこっとね」
 ウーヴェの問いにリオンが言葉を濁して口笛を吹いた為、顔の痣の理由が簡単に想像出来るが、こんな顔は毎日だったと教えられて胸の奥深くが微かに疼く。
 リオンが滅多に口にすることのない過去を目の当たりにし、リオン曰くの荒んだ日々を想像すると今肩に顎を載せて浮かれたような気配を伝えてくる恋人に対する思いが溢れそうになり、そっと手の甲を撫でて目を伏せる。
 「オーヴェ?」
 「何でもない・・・ゼップの髪はこの時は脱色してたのか?」
 写真の向かって左で腕を突き出してサムズアップを決めている少年の髪が銀色に見え、確かオーストラリアに出向く前にはブルネットだった筈と問えば、半年に一回は髪の色を変えていたと教えられて苦笑し、リオンを挟んで反対側の長身の赤毛の少年を指先で指し示すと、もう一人の幼馴染みだと笑われる。
 「彼もホームで育ったのか?」
 今まで何度もリオンが育った孤児院に顔を出し、リオンと同時期にそこにいた男女と顔を合わせたことがあったが、こんなにも特徴的な赤毛の青年とは会ったことがないと顔を振り向けると、ホームにいたのは一時期だけだと答えられて瞬きで先を促す。
 「そいつさ、カインって言うんだ」
 「カイン?・・・・・・・・・この赤毛でカイン、か?」
 幼い頃は苛められたのではないのかとひっそりと問いかければ、その結果がこの顔だとリオンが当時の顔を彷彿とさせる表情でにやりと笑う。
 「家を飛び出してたから少しだけここにいて、学校を卒業する時にホームを出てった」
 「最近でも連絡は取っているのか?」
 「この間も電話が掛かってきた。オーヴェといたから出なかったけど、今度こっちに帰ってくるらしいぜ」
 幼馴染みの電話なのだから遠慮せずに出ればいいだろうと、驚愕から目を瞠り声を顰めたウーヴェに、後で電話をしたしそれぐらいで怒るような奴じゃないから気にするなと肩を竦めたリオンは、今はフランクフルトか何処かで金融関係の会社に勤めているが、戻ってくると言っていたと笑う。
 「当時も結構最低な奴だったけど、今でもそうなのかな」
 リオンが鼻歌交じりに楽しそうに呟く幼馴染みの性格にウーヴェが呆気に取られるが、それでも気が合ったんだろうと笑えば、もちろんと元気いっぱいの同意が返ってくる。
 「なあ、リオン」
 「ん?」
 「聞いても良いか?」
 この顔の痣を作った理由は殴り合いのケンカだろうが、そもそも何故そんな事になったと、ウーヴェが躊躇いを滲ませた声で問いかけると、すかさずリオンの顔から表情が掻き消える。
 無表情のリオンなど滅多にお目に掛かることがない為、触れられたくない過去ないしは現在も血を流し続ける疵に触れてしまった事を察し、悪かったと目を伏せると、そっと頬を両手で挟まれて視線を重ねるだけではなく、額と額も重ねて名を呼ばれる。
 「・・・・・・言いたい、けど・・・・・・」
 二人付き合いだしてから様々な出来事をそれなりに乗り越え、互いに対する揺るがない愛情と信頼を築き上げ確認してきたが、それでもやはり己の過去を語るのはタブーだと自嘲するリオンの頭を逆に抱き寄せて青い石のピアスにキスをしながら俺を信じてくれと、不思議と心の中に入り込む声に囁かれ、逡巡したようにウーヴェの腕の中で視線を彷徨わせる。
 「・・・お前の過去を聞いて咎めることも嫌悪することもない。もちろん、そんな奴だったのかと卑下することもない」
 だからどうか、この写真の前日なりの事を教えてくれと優しく促され、息を飲んだ後決意を示すようにつばを飲み込むと、過去の一端を伝える為の勇気を分けてくれと願いながらそっと口付ける。
 「・・・・・・この時さ、スラムに近い所に住んでた奴らとケンカをしたんだよ」
 恭しい手付きでベッドへと連れて行ったリオンは、ウーヴェをベッドに座らせると自らはその前の床に胡座を掻いて座り込み、膝の上に頬を載せて壁の染みを見ながら訥々と言葉を紡ぎ出す。
 それを黙って聞いていたウーヴェは、ついいつもの癖でその先を促しそうになるのを堪え、患者に接する時のように忍耐強く言葉が出てくるのを待つが、我慢出来ない気持ちがリオンの手を逆に握って手の甲を何度も撫でさせてしまう。
 「ケンカ?」
 「うん。相手がさ・・・」
 お前は木の股から産まれてきたんだろと笑ったと暗く嗤われ、その言葉を告げられたときのリオンの気持ちを思った瞬間、胸の奥が激しく軋んで痛みを訴える。
 「で、ちょっと腹が立ってさぁ」
 俺もまだまだガキだったし、若気の至りってヤツだと肩を揺らしながらその日の事を脳裏に思い描いているのか、ウーヴェの手に握られている手に力が籠もる。
 「・・・・・・当然だな」
 「俺たちを見れば尻尾を巻いて逃げ出すまで・・・殴りつけたけど、あいつらの親からは訴えられなかった」
 誰に殴られたのかを口にするだけでも恐ろしいと感じる程、心身ともに痛めつけてやったから警察の世話になることもなかったし、怪我の治療をホームの隣に住んでいた藪医者に任せたから大事にはならなかったと教えられてついリオンの目尻に唇を寄せる。
 「痛かったな」
 「んー?そうでもねぇぜ?」
 殴り合いのケンカなどは日常茶飯事だったから、痣だけだったら手当もしなかったと嗤うリオンにゆっくりと首を振ったウーヴェは、確かにそうかも知れないが、心の痛みは毎日小さなものであっても蓄積されて大きな疵になって今でも血を流し続けるんだと告げると、リオンの青い眼が驚愕に見開かれる。
 「────痛かったな、リーオ」
 例え手の着けようがない程の問題児であろうと、親に捨てられた事を理由に嘲笑されて良い筈がないと、当時のリオンの痛みを感じているような表情で囁かれて唇を噛んだリオンは、照れたような笑みを浮かべて目を細める。
 「大丈夫だって、オーヴェ」
 「・・・ああ」
 だが、お前の心の奥深くで膝を抱えて蹲っているもう一人のお前は痛みを感じているだろうと、咄嗟に意味の理解出来ないような事を囁かれて口を閉ざすが、労るように髪を撫でられて必死に沸き上がる感情を押し殺し、顔の向きを変えてウーヴェの腿に頭を預ける。
 「カインが来てからは・・・ケンカをするときはいつも一緒だった」
 「マザーらに迷惑ばかりを掛けていたんだな?」
 「あ、それひでぇ!事実だけど、いや、事実だからこそひでぇぜ、オーヴェ」
 どうしてそんな意地悪を言うんだよと口を尖らせるリオンに、悪かったと素直に謝罪をしたウーヴェは、それでこの時もカインとゼップと三人でケンカをしたのかと問いかけ、無言で頷かれる。
 「この時は・・・ホント、ガマン出来なかったなぁ・・・」
 ぽつりぽつりと話し始めたリオンの髪を優しく撫で続け、どんな過去を教えられたとしても手を離すことはないと囁いたウーヴェは、己の足の上から流れ出す過去の景色をしっかりと受け止めようと腹を括るのだった。

 

 ゆらゆらと立ち上る紫煙に目を細め、覚えた痛みに顔を顰めた彼は、足下から聞こえる呻き声と涙混じりの懇願に目もくれずに煙草のフィルターを軽く噛んでぼそぼそと口の中で言葉を転がす。
 「何だよ、何て言ったんだよ、リオン?」
 「うるせぇな。────こいつらのお陰で口内炎が出来ちまうじゃねぇかって言ったんだよ」
 一度で聞こえない耳ならば不要だろうから切り捨ててその辺のドブにでも捨ててこいと吐き捨て、煙草もついでに投げ捨てたリオンは、帰ったらレモンを山盛り食えよと言われて冗談じゃねぇよバカ野郎と幼馴染みを罵りつつ、軽く足を持ち上げて間近に蹲っている年格好も良く似ている少年の脇腹を蹴り飛ばす。
 「どうしてくれんだよ」
 この傷のせいで今夜のお楽しみメニューである豚肉の煮込み料理が食えなかったらどう責任を取るんだと睨み付け、新たな痛みに呻く声に対して煩いと吐き捨ててブーツの底で痛みに震える背中を踏みつける。
 「ったく・・・」
 「それにしても・・・随分と荒れてたじゃねぇか、リオン」
 「あぁ?」
 廃墟となったスクラップ工場を溜まり場にしていた少年グループと些細なことを切っ掛けに睨み合い、気が付けば幼馴染み二人と一緒になって五人の少年相手に殴る蹴るのケンカを始めていたのだ。
 その最中、リオンと同じぐらい相手を痛めつけていた、リオンの頭一つ分は背の高い見事な赤毛と透き通るような白い肌に、触れば切れてしまうような鋭い光を湛えたグレーの瞳に嘲笑を浮かべ、シルバーのジッポーで火をつけた後、美味そうに煙を吐き出したのは、リオンとゼップの幼馴染みのカインだった。
 「・・・・・・あれらしいぜ、木の股からでも人は生まれるんだとよ」
 たかが十五年しか生きていないがそんな事は初めて聞いた、もしもそんな人間がいたのならばギネスブックに載るか研究施設で切り刻まれてるんじゃねぇのかと、季節が二月ばかり逆に進んだような錯覚を抱かせる声でぽつりと呟き、ゼップが差し出してくる煙草を抜き取ると、カインのジッポーから火をつけ、ゼップも煙を吐き出したのを確認した後、ジッポーを掌の中で弄ぶ。
 いつも陽気で笑みを浮かべている友人の顔から笑みだけではなく、豊かな表情も掻き消えた理由を探っていたカインだったが、その言葉から己の疑問に対する答えと結果を得、嘲るような笑みを浮かべて足下で転がる大きな身体や細い今にも折れそうな身体を見渡すと、勝手に持ち込んだのであろう傷だらけのバーカウンターに置いてあったビール瓶を一人の少年のすぐ傍に投げつけて破片を飛び散らせる。
 「・・・ひっ!!」
 「ケンカをふっかけるのも勝手だけどな、相手を見てしろよ」
 この近辺では名前を聞いただけで震える程名の通った俺たちにケンカを吹っ掛けるのはタブーだと背の高いスツールに腰掛けて煙草の煙を目で追いかけたカインは、やけに大人しいリオンの様子からまだまだ暴れ足りない事を察し、ちらりとゼップを見る。
 どうやらリオンの異変にはゼップも気付いていたようで、カインの視線に一つ頷いたかと思うと、リオンの肩に腕を回してカインに目配せをする。
 「んだよ、重てぇからくっつくんじゃねぇよ、ゼップ」
 「イイじゃねぇかよ」
 リオンの超絶不機嫌な表情にもゼップは見慣れている為か全く動じることはなく、カインが同じように逆から腕を回したのを見計らい、腕を離すと煙草を投げ捨てる。
 「リオン、この後どうする?」
 「あー、怠ぃ・・・・・・そう言えば、お前、越してきたばかりの女と付き合ってるって?」
 ケンカでストレスの発散をしようと思っていたが、思惑が外れて余計にストレスが蓄積した事を舌打ちで示し、思い出した様にカインの新しい彼女の話題を口にすれば、苦々しい表情でカインが顔を背け、昨日別れたと吐き捨てる。
 「もう終わったのかよ?」
 「早いぜ」
 リオンとゼップが一斉に驚きの声を挙げたのが癪に障ったのか、カインが長い足を振り上げると、足下に転がっていたスツールに当たってしまい、派手な音を立ててコンクリの床の上を転がっていく。
 「今日はいつ会えるの、だの、明日はショッピングがしたいと言われてみろ」
 冗談じゃねぇと口汚く罵るカインをまじまじと見つめた二人は、お前が女とショッピングなんて信じられねぇ、一度見てみたいから今度そのお誘いを受けたら絶対に断らずに教えてくれ、後から着いて行ってお前の顔を拝んでやるとゲラゲラと笑われてしまい、今度は明らかにそれを狙ったように足を振り上げ、少し離れた場所で這いずって逃げようとしている少年の尻を蹴り飛ばし、逃げるのならさっさと逃げろ、手助けしてやるとリオンとゼップに笑われた腹癒せとばかりに吐き捨てると、いつまでも笑ってるんじゃねぇよと二人の頭を軽く小突いて歩き出す。
 「どこ行くんだよ?」
 「・・・・・・おい、リオン」
 「んだよ」
 ゼップの問いには直接答えずにカインが肩越しに振り返り、俯きつつも歩き出したリオンに目を細めると、お前と遊びたいと言ってる女がいるがどうすると告げて肩を上げて先を促せば、リオンの青い眼がぎらりと光る。
 「すぐにやらせてくれそうか?」
 「安心しろ、脳味噌と子宮が直結してるような女だ」
 リオンの問いに何でもない様子で返すカインだったが、その背中にゼップの口笛がぶつかって弾け、後を継ぐようにリオンが口笛を吹いて頭の後ろで手を組む。
 「良いなぁ、そういう女、大好きだぜ」
 「だろうと思って、連絡先を聞いておいた」
 「ダン、カイン────ゼップ、ジュリエッタも呼べよ」
 先日ボウリング場で知り合った二つ年上の所謂セックスフレンドを呼べと言われ、何だよ、三人同士で楽しむのかと笑いながら携帯を取りだしたゼップに、カインがいるのに女が一人だとさすがに相手が気の毒だからと笑うリオンだったが、くるりと振り返ったカインが突き刺さるような視線で睨んできた為、赤毛はセックス狂なんだろうとカインの肩に腕を回してぽんと叩く。
 「誰がセックス狂だ、バカ野郎」
 二日と女なしじゃ生きていけないお前と一緒にするなと毒突くが、だからといって肩に回されているリオンの腕を振り解くでもないカインは、三十分後にジュリエッタの家に向かうことを告げたと教えられて二人同時に目を瞠る。
 「三十分も待てるかよ」
 「仕方ねぇだろ?あいつのパパが帰ったばっかりだって言ってるんだしよ」
 「じゃあ三十分後に駅裏のホテルにするか?」
 ゼップとカインが己を挟んだ左右で言い合うのを煩そうに聞いていたリオンだが、とにかく三十分後にジュリエッタを迎えに行ってからホテルでその子宮と脳味噌が直結している女と楽しもうと笑い、そうしようと異口同音に返されてようやく心からの笑い声を上げる。
 暴力で気分が晴れないのならば、その血を宥める為に女を抱くだけだった。
 この後の時間でこの胸のもやもやが解消されればいいとひっそりと願いつつも、左右で上がる馬鹿話に付き合ってゲラゲラと笑い、道行く人たちの視線を全く気にすることなく駅裏のいつも利用しているホテルに向かうのだった。

 

 ぐったりと顔色を無くしたままベッドに倒れ込む少女の白い背中をぼんやりと見下ろしたリオンは、余り広くないベッドで真っ青な顔色で天井をぼんやりと見上げる女をちらりと見つめると、窓際の座り心地の悪い椅子に足を組んで腰掛け、煙草に火をつけて頬杖を着く。
 ついさっきまで甲高い声を挙げて快感によがり狂っていた女と、もう無理だから止めてくれと涙混じりに懇願する少女の二人のどちらにも突っ込んでみたものの、胸の裡でもやもやとしている思いは晴れるどころか逆に重さを増して心の中に沈み込んでいた。
 シーツを掛けることもなく丸裸でベッドの上で手足を広げている二人の女の姿を見ているが、自分は本当に木の股から生まれたのだろうかと、無意識のように呟いてしまう。
 ベッドの端にはゼップが少しだけ疲れた顔で頭を足の間に落としていたが、カインがシャワーを浴びてすっきりした顔で出てきたのを確認すると、リオンの様子を窺うように見つめた後、先にシャワーを浴びると手を挙げて立ち上がる。
 ホテルの備え付けの冷蔵庫にはしっかりと鍵が掛かっていた為、念のためにとここに来るまでに買い求めておいたビールの栓を抜き、リオンに差し出したカインだったが、要らないと無表情に断られて驚きに灰色の目を瞠る。
 「お前、本当に木の股から人が生まれるとか思ってるんじゃねぇだろうな?」
 「あぁ?────思ってねぇよ、バーカ」
 テーブルに尻を乗せてビールを飲むカインの言葉に嘲笑し、そんな訳あるかと吐き捨てたリオンだが、さっきまで自分が入り込んでいたそこから生まれてきたと言う実感など全く沸き起こらず、それよりも何よりも、自分がここにこうしているのは、見たこともない男と女が避妊する事もなくセックスをした結果なのだと気付き、顔を顰めた後灰皿に煙草を押しつける。
 「────チッ・・・・・・くそったれ!」
 シャイセと口汚く吐き捨てたかと思うと、ぼんやりと天井を見つめている女の傍に膝をつき、色を無くしたその頬を手の甲で何度か叩いて視線をこちらに向けさせると、カインに合図を送ってタオルを受け取って無造作にそれを口の中に突っ込み、片手で手早くゴムを着けていく。
 「────っ!!」
 「・・・可哀想にな、アイリーンだっけ?もう普通に生きていけねぇな」
 デートレイプそのものの行為を行うリオンにカインは特に何も言わず、彼が腰掛けていた椅子に足を組んで座ると、煙草に火をつけてビールを飲む。
 今は女の快楽に溺れる声も苦痛に呻く声も聞きたくないとひっそりと自嘲し、全てを諦めたように手足を投げ出すアイリーンの身体を難なくひっくり返すと、白くて細い腰を掴んで引き寄せ、三人分の精液が垂れる尻を割って躊躇することなく自身を突き入れる。
 女が妊娠し中絶だの認知だのと大騒ぎになれば親代わりの女性に迷惑が掛かる為、さすがにその一線だけは守っているリオンは、くぐもった呻き声がうるさいと呟くと、震える細い腕を引っ張って身体を起こさせ、真正面にある化粧台の鏡に映る姿を見ろと片手で涙が乾いた跡が残る顔を固定する。
 「あー・・・・・・つまんねぇ」
 さっきのケンカもそうだが今こうして女を抱いて一人ではない事を理解しているが、気分が晴れないと舌打ちをし、肩を押さえてベッドに押しつけると、尻だけを高く上げさせる。
 「カイン、交代しねぇか?」
 「ケツ使っても良さそうだな」
 「お、賛成。じゃあゼップが出てきたらあいつは口だな」
 リオンが楽しげに呟けばカインも同調するように小さく笑い、呼んだかと顔を出したゼップにお前も参加しろよと笑うと女の口からタオルを引き抜き、お願い止めてと懇願する顔を無表情に叩くと、体勢を入れ替えて彼女を跨がらせ、幼馴染み達と一緒に白い裸体を弄ぶように抱くのだった。
 女のくぐもった悲鳴じみた声を煩げに聞きながらも、やはりまだ胸の奥で一つの言葉が蟠っている事に気付いていたリオンは、その煩わしさを掻き消すように女の身体を突き上げ、カインが動くことで自らにも伝わってくる快感に汗を流すのだった。

 

 気が済むまで抱いていた筈なのに、心の奥深くに抜けないトゲのように突き刺さった言葉が不快感を煽り、その苛立ちに舌打ちをしたリオンは、まだ寒さを感じているにも関わらずに窓を開けて煙草の煙を夜空に漂わせる。
 どうしても許せなかった、少年達のあの言葉と嘲りが脳裏に響き、一つ頭を振って仕方がねぇだろうと誰にともなく自嘲する。
 文字通り生後間もなくの寒い夜、教会のベンチに捨てられていたリオンには当然ながら親の記憶など無く、せいぜい彼を拾い育ててくれたマザー・カタリーナが親代わりというぐらいだった。
 どんな理由かは自分でも分からないが、マザー・カタリーナの事を親とは呼ぶ事が出来ず、人に紹介するときにはホームのババアだと言っているぐらいなのだ。
 犬か猫のこのように生み捨てられた自分だが、こうして生きているのだから仕方がないと溜息を零し、灰皿代わりにしている空き缶に煙草を投げ入れると、勢いよくベッドに飛び乗って盛大に軋ませる。
 いつかここを出て自立し、可能ならば自らの家族を持ちたい、その思いはリオンの中で日増しに大きく重くなっていくが、ゼップに対してもそれを見せる事をしないで一人胸の奥でひっそりと暖め続けていた。
 この思いを堂々と口に出来る日が来るのかどうかなど分からないが、それまで自らの中では触れてはならないタブーとする事に決め、欠伸を一つすると、腕枕で横臥する。
 訪れた睡魔にもう一度欠伸をし、今日はカインとゼップと文字通り暴れ倒し、女を抱いた為に疲労困憊している事を思い出すと、ケンカ相手とセックスの相手の顔すら思い出すことなく眠りに落ちるのだった。

 

 リオンの口から流れ出した過去からの声が消え去り、窓を叩き付ける激しい雨音だけが室内に響き渡った時、ウーヴェが深呼吸をした後、リオンの名を呼びながら上体を伏せて背けられている為に正面を向いているこめかみ、頬、口の端へとキスをする。
 「────あの頃にさ、出逢わなくて良かったなーって」
 もしも出逢っていれば、きっと自分は見向きもされない所か近寄ることすら許されなかっただろうと自嘲され、肯定も否定も出来なかったウーヴェだが、そんな時期を乗り越えたからこそ今のお前がいるんだと、これだけは変わることのない思いを告げれば、青い眼がちらりと様子を窺うように見つめてくる。
 「リーオ」
 信じてくれ、俺の太陽と囁きながら頬に口を寄せれば、伸ばされた腕に頭を抱きかかえられて自ら眼鏡を外して目を閉じる。
 「ダン、オーヴェ」
 お前が俺にそう言ってくれる、それがどれだけの力を生み出し、前に進む為の糧となっているだろうかと、いつになく真摯な声で囁くと、顔を上げてウーヴェの顔を真正面から見据えて唇の両端を持ち上げる。
 「お前に逢えて良かった」
 自分の過去を知るのがお前で良かったと、いつかに言われたことがあったが、そっくりそのまま同じ言葉を返すと肩を竦め、黙って目を伏せるウーヴェの頭を再度抱き寄せる為に膝立ちになると、自ら身を委ねるように前のめりになってくる。
 その細い身体をしっかりと受け止め、本当にありがとうと短く囁いたリオンは、背中に回った手に力が籠もった事を見抜き、そのまま体重を掛けることでウーヴェの背中をシーツに押しつける。
 「・・・・・・いつか、もしも、いつか・・・」
 可能ならば、このままこうして抱き合うお前と家族になれればと、あの日自らの心の中でタブーとした渇望していた思いが口からこぼれ落ち、慌てたように口を閉ざすリオンだったが、ウーヴェが今度はリオンの身体を抱き寄せて寝返りを打とうとした為、狭いシングルベッドが不満の軋みを上げる。
 「リーオ」
 その願いを叶える為にはあと少し時間をくれと囁かれ、待っていると決めたのに悪いと謝罪をし、見下ろしてくるターコイズに目を細めて頷けば、労るような優しいキスが降ってくる。
 「くすぐってぇ、オーヴェ!」
 顔中に降るキスについに堪えきれずに笑い出し、くすぐったいだろうと目を吊り上げたリオンにウーヴェがそれでもキスを止めることはなく、この野郎と一声吼えた後再度ウーヴェの背中がシーツに沈み込む。
 「っ!!」
 「まーたお仕置きされたいのか?ん?」
 リオンの底意地の悪い声にウーヴェが目を細めて小さく舌を出した為、良い度胸じゃねぇかと獰猛な笑みを浮かべると同時にウーヴェのシャツの裾を捲り上げて白い肌に掌を押しつける。
 「リオンっ!」
 「待ったはナシだぜ、オーヴェ」
 ああ、当然だけど嫌だ止めてくれもナシだと獰猛さを深めた笑みで囁き、ぴくりと揺れるウーヴェの肌の肌理を確かめるように掌で撫でていく。
 「・・・ちゃんと着けるからさ」
 だからこのまま続きをすると宣言し、観念したように溜息を零すウーヴェに感謝のキスを届けると、その後は何もかもを忘れるような激しさでウーヴェを抱き、二人そろって熱の籠もった声とベッドの軋む音を室内に響かせるのだった。

 

 その後、白熱した時の先で得た穏やかさに包まれ、狭いシングルベッドで身を寄せ合って眠りに落ちたウーヴェを守るように腕を回していたリオンは、長年の靄のようなものが少しだけ晴れ渡ったように感じ、腕の中で眠るウーヴェの存在がどれほど己にとって大切であるのかを再確認し、額にキスをした後目を閉じる。
 あの夜以来、タブーとしていた事を告白した結果、軽くなった心が浮かべさせる穏やかな顔でリオンもウーヴェの後を追うように眠りに落ちるのだった。

 

2011/04/27


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