024:マグカップ

Lion&Uwe

 冬に比べると本当に日が沈むのが遅くなり、明るい時間が長くなった春の空気に沈み込む街を、キャレラホワイトのスパイダーが本来の性能の大半を眠らせたまま走り抜け、街の中心からいくらか離れた場所にある高級住宅街の一角を目指して疾走していく。
 黒いソフトトップは全開にしてある為、車内を走り抜ける風に運転席で髪が揺れるが、日が傾いた為に赤味を増してきた日差しに光る髪は白か銀にも見える不思議な色合いだった。
 世界は夕景に沈みそうな頃合いだが、まだまだ日差しが眩しくて濃い色合いのサングラスを掛けて爽快に走るが、運転手の心情を表すようにステアリングの上で白い指が楽しげにタップダンスの様にリズムを付けて踊っていた。
 車は坂を登り切り、目の前に見てきた築年数がまだまだ新しいアパートの地下に作られている駐車場へのゲートを潜ると、用意されているスペースに滑らかな動きで滑り込む。
 今日は午後から仕事が休みだった為、久しぶりに一人で美術館を訪れて心の渇きを癒すようにじっくりと絵画を鑑賞し、その後疲れた脳味噌を休ませる為にカフェでコーヒーを飲んで静かに休暇の時を過ごしたのだ。
 その時間は大層満足出来るもので、美術館に併設されているショップでブックマークを買い求めたが、それは今助手席のシート下に置いたバッグの中に収まっていた。
 車から降り立ち、この愛車を乗っている時に唯一不満を感じる行為-ソフトトップを自らの手で開閉しなければならない事-を行い、また明日と労るようにソフトトップを撫でながら呟き、地下駐車場から自宅があるフロアに直通で上がれるエレベーターに乗り込むと、壁に凭れて箱が上昇するのを待ち構える。
 今日は本当に満足した半日を送ることが出来たが、ふと何かが物足りないと心の奥底で小さな声が挙がったことに気付き、訝るように眉根を寄せると、軽快な音を立ててエレベーターがフロアに到着したことを教えてくれた為、ゆったりとした足取りでフロアに唯一存在するドアの前に向かう。
 今の声は何だともう一度呟きながらドアを開け、玄関傍の壁にあるフックに愛車と家の鍵を引っかけると目の前に伸びる長い廊下を歩き出し、突き当たりの壁の手前右にあるベッドルームのドアを開けて南に面したテラスに出る為の掃き出し窓と風を取り入れる為の窓を開けて空気の入れ換えを行うが、その間にクローゼットの中で着替えを済ませてざっくりとしたセーターと綿パンにサボサンダルというラフな姿で出てくる。
 市内でクリニックを開院している彼は、患者に対して不快感や無駄な威圧感を与えるような言動は余程の事が無い限りは避けている為か、診察時には医者の制服である白衣を着ることは滅多になく、恩師から譲り受けたジャケットと清潔感のあるドレスシャツを着込み、ネクタイをしっかりと締めたり時にはアスコットタイでゆったりと喉元を着飾るようにしていた。
 そんな姿からすれば今のこの服装は本当にラフな格好で、彼もこの姿では決して家の外に出ようとはしないのだった。
 先程不意に響いた小さな声の真意を確かめる為にリビングへと向かい、無意識の動作でソファに腰掛けると、身体が柔らかな毛並みを持つ大きなテディベアに触れ、手探りでその身体を引き寄せると同時にぽんと音を立てるように一人の青年の顔が脳裏に浮かび上がる。
 この大きなテディベアを買い求めてクリスマスプレゼントだと笑った青年は、今日は仕事が忙しいようで朝から仕事に行って来ると連絡をした後は音信不通になっていた。
 仕事柄それは良くある事だった為に気にすることはないが、だからこそ今日は静かに休暇を過ごせたと気付くとともに、物足りなさの理由にも気付いてしまう。
 脳裏で笑みを浮かべる青年の声を聞いていないからだった。
 そんなにも単純な理由だったのかという驚愕と、たかが半日声を聞かないだけでどうしてこんな事を感じてしまうのかという己に対する呆れに自嘲しつつ、巨体を誇るテディベアに寄りかかれば、身体に似合った太い腕が宥めるように肩の上に垂れてくる。
 視界の隅に入る毛並みと肩に触れる擬似的な温もりから脳裏の笑顔がより一層はっきりと浮かぶだけではなく、またそんな風な事を考えるんだからと陽気な青年の声まで響いてきて、おかしくなってくる。
 彼ならばきっと今の自分を見ればそう言って頬を膨らませるだろう、そんな予測が簡単に出来てしまう笑顔の青年の様子に笑みが深くなり、一人で思い出し笑いをしてしまうが、ふと我に返った瞬間、誰に見咎められている訳でもないのに真っ赤になって腹立ち紛れに肩に乗っている腕を振り払ってしまう。
 その反動でテディベアがこてんと転がり、慌てて身体を起こして謝罪の代わりに大きな身体を抱き上げて肩に顎を載せれば、くたりとした腕が肩から背中へと回され、ついおかしな事を考えてしまい、今日は本当にどうしたんだと自らの心の軌跡を振り返って自嘲してしまう。
 たった半日声を聞かなかっただけで物足りなさを感じたり、彼がくれたテディベアを抱えただけで、待ち望んでいる彼であれば良いなど考えてしまう己がおかしくて、一体どこのティーンエイジャーだと自嘲を深めた時、テーブルに置いた携帯から軽やかな映画音楽が流れ出す。
 「・・・・・・Ja」
 『ハロ、オーヴェ!』
 そのいつもの馴染んだ声と呼びかけに鼓動が一つ跳ね、僅かに呼吸が苦しくなった為に深呼吸をし、その苦しさから逃れようとテディベアをしっかりと抱きながらお疲れ様と怪しまれないように声を掛ければ、本当に疲れたから今すぐ慰めてくれと、慰めを求める者とは思えない声で言い放たれて絶句し、次いでドアを開けてくれと急かされて慌ててテディベアをソファに下ろして長い廊下を進み、玄関の壁に設えてあるパネルを操作してドアロックを解除する。
 警備員が常駐している為にセキュリティが整っている事が売りのこのアパートだが、来る度に警備員に開けて貰うのも面倒だと陽気な青年が肩を竦めた事があり、それ以来アパートのドアを開ける為に警備員からの連絡を受けるのではなく、携帯で彼に連絡をし、直接ドアを開ける事になったのだが、心の中でゆっくりと30を数えたと同時に今度はドアベルが鳴り響く。
 「・・・お疲れ様」
 鳴り響くドアベルに苦笑しながらドアを開け、目の前で悪戯小僧の顔で指を押している青年を労えば、今まさに沈もうとしている太陽のような笑みを浮かべて青年が両手を広げる。
 「オーヴェ!逢いたかったぁ!」
 「・・・・・・・・・っ」
 勢いよく広げた腕の中に引き寄せられ、頬に頬を擦り寄せるように顔や身体を寄せてくる青年に息を飲むが、頬に感じた短い髭の感触から疲労度を推し量り、早く中に入れと背中を撫でながら促せば、嬉しそうな気配が身体全体を取り囲む。
 「今日のメシは何?」
 「何も考えていないと言えばどうする?」
 背後で閉まるドアの音を聞きながら少しだけ意地の悪い問いを発すれば、予想通りの表情を浮かべた恋人が目と口を丸くして頬に手を宛がう。
 「がーん」
 「冗談だ」
 「だーかーら、お前の冗談は笑えねぇ!」
 名前が現すように獣の唸り声にも似た声を挙げ、いい加減にしろと叫ぶ恋人に目を細め、食べに行っても良いし家で食べても良いと告げながらキッチンへ向かい、頭の後ろで手を組んで口笛を吹く顔を振り返れば、目があった瞬間にその顔が笑み崩れる。
 「オーヴェ」
 その声がするりと心の中に入り込んだかと思うと、考えられない程甘く優しく響いて胸を内側から締め付ける。
 「っ・・・何だ・・・?」
 「うん。腹減った!!」
 獣が雄叫びを上げるように魂の叫びを放った後、前を行く彼の背中に抱きつき、早くメシを食わせてくれと耳朶を舐められてふるりと身体を震わせながらも、用意をするから手伝ってくれと腕を撫でて渋々離れる恋人に振り返って満面の笑みを浮かべる。
 「手伝ってくれるな、リーオ?」
 「・・・・・・・・・Ja」
 本当に仕方がないと言いたげな顔だが、ここで手伝うことを拒否すればその後の己がどんな運命を辿るのかをよく知る恋人がびしっと敬礼をし、早く食いたいから手伝うと叫ぶと、彼も腰に手を宛がって良しと大きく頷くのだった。

 二人きりでも何故か賑やかになる食事を終えた後、リオンがやけに嬉しそうに鼻歌を歌いながらマグカップ二つと大ぶりのスプーン、力任せに一気にホイップした甘さ控えめの生クリームとラム酒のボトルをトレイに載せてリビングのドアを行儀悪く足で押し開くが、それを見咎めたウーヴェにじろりと睨まれて亀のように首を竦めて舌を出す。
 「・・・・・・本当にこれだけのアイスを食べるのか?」
 「もちろん!」
 今日は暑いぐらいでずっとアイスクリームが食いたかったと子供顔負けの笑顔を浮かべながら頷いてトレイをテーブルに下ろしたリオンは、ウーヴェが小脇に抱えるように運んできた小振りの箱に嬉しさを倍増させたような笑みを浮かべる。
 「早く食おう、オーヴェ!」
 ウーヴェが運んできたのはバニラアイスだが、問題はそのアイスの量にあった。
 所謂業務用とでも言いたくなる大きさのそれは、ある日突然リオンが食べたくなったから買ってきたと朗らかに宣言したものだったが、それを見たときにもウーヴェは今と同じ事を問いかけたぐらいだった。
 その時ももちろんと元気いっぱいに返されて呆気に取られたが、蓋を開けて大ぶりのスプーンをアイスの表面に突き立てると勢いよく掬い取り、あろう事かマグカップの中に落とし込んでいく。
 「リオン?」
 「ん?どうした?」
 どうしてマグカップにアイスクリームを入れるんだと首を傾げ、アイス用の器ならば持ってくるのにと苦笑するウーヴェにリオンが軽く驚くが、何かに気付いた様に頷き、スプーンを握りしめて力説し始める。
 「マグカップで食うのが夢だった・・・!」
 「・・・・・・は?」
 アイスクリームをマグカップで食うのが夢だった、そんな言葉を告げられて意味が理解出来なかったウーヴェだが、瞬きをする合間に恋人の表情に何とも言えない寂寥感のような物が滲み出してきたことに気付き、眉を顰めて続きの言葉を待てば心配が的中したことを示す言葉が流れ出す。
 「小さい頃さ、ずーっとアイスをこのまま食いたかったんだよな」
 「このまま・・・バルクのまま食べたかったのか?」
 「うん。ほら、映画とかでもあるだろ?」
 良く映画などで登場人物達がアイスクリームのバルク容器を前に大ぶりのスプーンで掬い取って食べているのを見たが、いつかそれをしたくて仕方がなかったと肩を竦めつつも、スプーンでバニラアイスを掬っては二人が愛用している信号機のキャラクターが描かれたマグカップにそれを落としていく。
 「・・・そう、なのか?」
 「でもさ、一度に全部食いきれる訳ねぇし、それならマグカップに山盛り入れて食いたいなーって」
 皿や器だと溶けてしまえば後が大変だが、マグカップだったら溶けてもそのまま飲むことが出来るしと笑みを浮かべ、だからマグカップで食べると宣言されてしまえばウーヴェには反論することも、また反論するつもりもなく、お前がそうしたいのならばそれで良いと目を細め、嬉しそうに作業をするリオンの横に腰を下ろして自らはラム酒のボトルを手に取る。
 「あー、さっきメシ食った時にワインを一人で空けた癖に、まだ酒を飲むのかよ?」
 「バニラアイスにはラム酒がないとダメだ」
 「とか言って、アイスを食わないで酒だけ飲むつもりなんだろ?」
 そんな事は許しませんと、保護者か何かのように眉を顰めるリオンにウーヴェが瞼を半ばまで下ろして不愉快さを表現するが、そんな彼の前でリオンが肩を竦めたかと思うと、ウーヴェの不満を露わにしようとしている唇に小さな音を立ててキスをする。
 「オーヴェ」
 「・・・・・・そんなにも要らない、半分で良い」
 「ん、分かった」
 キスから伝わる彼を思う気持ちに気付き、妥協点はそこだがまだまだ未練があることを示す声で告げれば、自分もそこで妥協しようと頷いたリオンがバニラアイスの量を半分に減らし、ウーヴェの手から取り上げたラム酒のボトルの封を切ると慎重にボトルの口を傾けるが、その時、ウーヴェの白い手が伸ばされてリオンの手の甲にそっと重ねられる。
 「リーオ」
 「んがー!」
 リオンの耳朶に顔を寄せて名を呼びつつ手に軽く力を込めるとリオンの手が押されてしまい、その結果予想以上の酒がマグカップの中に流れ込む。
 「オーヴェっ!!」
 「何だ?」
 バニラアイスの味が付いたラム酒をボトルに戻す事は出来ないだろうと、にっこりと決してリオンが逆らえない笑顔で言い放ち、それを食べるから早く寄越せと合図をすれば、恨みがましい目つきで睨まれた後、諦めの境地に達したことを教えるように吐息が零され、やけくそのようにレーズンとスライスしたアーモンドを自らのマグカップに投げ入れ、もう一つをウーヴェのかの前にずいと突き出す。
 つい酒の誘惑に負けて量を増やしたと恋人は判断したのだろうが、もしも悪戯っ気を起こせばどんな反応を示すのかを見てみたくなったと言えば、きっと本気で機嫌を損ねるだろう。
 己の恋人が機嫌のボタンを一つ掛け間違えた時の厄介ぶりは十分に知っている為、それは言わないでおこうと決めるが、意地悪をした事は謝りたいと思う素直な気持ちと、美術館で一人のんびりとお茶をしているときに感じた物足りなさ、それの原因を作ったのだから責任を取れと言う、口に出せばきっとリオンが絶句するような思いとが入り交じり、ウーヴェの胸の中でマーブル模様のように混ざり合う。
 「オーヴェ?どうした?」
 子供のようにスプーンを口に咥えたままのリオンに問いかけられて瞬きをするが、行儀が悪いぞと軽く睨んでマグカップを手に取れば、アイスとラム酒の冷たさがマグカップ全体を冷やしているようで、手に取っただけで背筋にまで寒さが走り抜けるようだった。
 「レーズンとアーモンドも美味いけどさ、ここにラム酒を入れたらもっと美味いかな?」
 「うん?やってみればどうだ?」
 ラム酒はそこにあるぞと顎で示したウーヴェは、リオンが何かを言いたげに見つめてくる事に気付いて首を傾げると、盛大な肺中を空にするような溜息を零すと同時にウーヴェの手からマグカップを取り上げ、何をするんだと口を開くよりも先にレーズンとアーモンドを少量、ラム酒の海に浮かぶバニラアイスで出来た大地に載せてスプーンで掬い取る。
 「オーヴェ」
 口を開けろと視線で促されて眼鏡の下で目を瞠ると少しだけ苛立ちを覚えたようなリオンの青い眼に見つめられて腹を括り、小さく口を開ければ程良く溶けてラム酒と混ざり合ったアイスとレーズンの甘さとアーモンドの香りが口内で広がっていく。
 「どうだ?」
 「・・・・・・美味しいな」
 「そっか」
 美味いだろうと笑いながら自らも一口食べたリオンは、夢が叶って嬉しいと照れたような笑みを浮かべる。
 「リーオ」
 「大丈夫だって。あの時は仕方なかったんだし」
 幼い頃、こうしたアイスを食べる機会がやはり少なくて、いつも食べて歩く人たちを見ては指を咥えていたが、今振り返った時にそんな己が可哀想だったり気の毒だったりとは思わないと肩を竦め、気にするなとウーヴェの鼻先に小さくキスをしたリオンは、自らのマグカップの中身を綺麗に平らげる。
 「水を飲むか?」
 「ああ」
 アイスを食べた後に炭酸が入っているミネラルウォーターを飲めば口の中がさっぱりすると笑われ、それならば頼むと告げたウーヴェがアイスが入っているバルク容器を小脇に抱えたリオンの背中を見送るが、マグカップでアイスを食べる事が夢だと言うのならばこれからはいくらでもその夢を叶えればいいと喉元まで出かかった言葉を飲み下す。
 必要以上にそれに拘れば、大丈夫だと笑ったリオンの気持ちを踏みにじることになる。
 その危惧から言葉を飲み込んで戻ってきた恋人を笑顔で出迎えたウーヴェは、差し出されるボトルを受け取ったものの、まだアイスとラム酒がマグカップの中で海を作っている事を思い出し、残りを食べないかとそっと問いかけてみる。
 「俺にアイスを食わせて残りの酒を飲む、なぁんて言わねぇよな?」
 先程の悪戯心が引き起こした結果が引っかかりを覚えさせているらしく、疑いの目で見つめられて無言で肩を竦めた彼だが、本当にもうアイスは要らないんだと目を細めると、嬉しそうな顔でリオンが大きく頷いた。
 「そう言えばさ、今日は昼から休みだったんだろ?何をしてたんだ?」
 スプーンを咥えて行儀が悪いとウーヴェに睨まれつつも、今日の休日はどんなことをしていたと問いかけ、美術館に行って来たと返されて意味の分からない声を挙げる。
 「久しぶりだったからゆっくりと見られた」
 「そっか・・・・・・楽しかったか?」
 「ああ」
 楽しかったのならばそれで良い、そう言ってその話を終えようとしたリオンだが、ウーヴェの顔が言葉とは違う感情を浮かべているように感じてしまい、小首を傾げて先を促せば眼鏡の下で碧の目が細められる。
 「オーヴェ?」
 「・・・・・・なあ、リーオ」
 「な、何だよ・・・?」
 ウーヴェのその呼びかけにリオンがどきりと鼓動を跳ね上げるが、こんな風に呼ぶときは感情が揺り動かされたときだと理解している為、自分は今そんな事を言っただろうかと脳味噌の中で言葉を転がすが、ひっそりと告げられた言葉に絶句するだけではなく、呼吸を止めてしまいそうになる。
 「一人で美術館に行っても・・・物足りなかった」
 せっかく訪れたそこで心の渇きを癒すつもりだったのに、お前がいない事でもっと心が飢えと渇きを覚えてしまったんだと教えられ、マグカップをテーブルに置いたリオンは、どうしてくれるんだと目を細めるウーヴェの白皙の頬に手を宛がい、ごめんと小さく謝罪をする。
 「本当にな。どう責任を取るつもりだ?」
 「何だよ、それ。それってただの言いがかりじゃねぇか」
 「言いがかりでも事実だ」
 「ひでぇ!」
 頬に宛がわれる手に手を重ねて目を閉じ、心が浮かべたがっている笑みを浮かべたウーヴェは、もう一方の手が背中に回ったことに気付き、そっと身体を傾げて温もりに身を寄せる。
 アイスで冷えた身体にはちょうど良い温もりだった為、気持ちが良いと小さく囁くと、頭に頬が押し当てられる重みが伝わってくる。
 「な、その責任だけどさ、ベッドの中で取っても良いか?」
 「却下っ」
 「その却下を却下します!」
 くすくすと笑いながら言葉遊びを繰り返し、嫌だのダメだのと一頻り言い合った二人は、どちらからともなく吹き出すと、互いの口の端にキスをし、言葉のキャッチボールに終止符を打つが、美術館で感じた物足りなさを補うような時間を送ろうとリオンの頭を今度はウーヴェが胸に抱えながら低く囁けば、分かったことを教えてくれるように背中を撫でられるのだった。

 

 そんな二人を、マグカップの表面で汗を掻いたアンペルマンが見守っているのだった。

 

2011/05/01


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