数日前に起きた殺人事件、それを同僚達とともに足を棒にしながら聞き込みをした結果、犯人逮捕へと無事に繋げる事が出来た。
犯人逮捕から送検の、慣れてしまった一連の作業をこれもまた同僚達と協力して終えた後、やっと我が家に数日ぶりに帰ることができたリオンは、アパートの階段を上る直前に見慣れた色合いの車の姿を視界の端に捉えた気がするものの、集中力がほぼなくなっていたためにそれを綺麗に無視し、階段を疲れ切った足で登っていく。
見えてきた自宅のドアの前に、今にも死にそうな顔でたったリオンは、鍵を開けようとガチャガチャと鍵穴に鍵を差し込むが、上手く入らずに舌打ちをし、思わず己の家のドアを爪先で蹴り飛ばす。
「・・・・・・ったく、さっさと入れさせろ」
往生際が悪い女だなードアは女性名詞だー、さっさと足を開いて突っ込ませろと、学生の頃、付き合っていた彼女やその日偶然知り合った女性らに吐き捨てていたような言葉を同じ顔でドアに吐き捨てたリオンは、己の言葉にはたと我に返り、こんな所謂口汚い言葉を使ったのはいつ以来だったかと疲れ切った脳味噌に問いかけるが、そんな事知るか、さっさとドアを開けてベッドに潜り込めと返されてそうしようと肩を竦める。
再度鍵を鍵穴に突っ込むと、リオンの恫喝が通じたのかどうなのか今度は素直に開いた為、素直な女は好きだぜと囁きながらドアを開けて後ろ手で鍵を掛ける。
低家賃のアパートは部屋数などある訳もなく、玄関のドアから短い廊下を進むと右手にキッチンスペースがあり、その向かい側にバスルームと呼んでしまうには淋しくなるほどのトイレとシャワースペースがあった。
この、寂しさすら感じる小さな部屋がリオンの住めば都のマイホームだったが、部屋の中で最大のスペースを使っているベッドを盛大に軋ませながら座り込むと、無意識の流れでヨレヨレになったタバコを取り出してジッポーから金属音をさせながら火をつける。
タバコの煙とともに凶悪な気持ちを吐き捨てて天井を見上げたリオンの耳に、尻ポケットに突っ込んであった携帯から綺麗なピアノ曲が流れ出し、思わずサイドテーブルの時計を見て目を瞬かせる。
時間はすでに深夜と呼べる頃で、こんな時間に電話をかけて来るなんて珍しいと思いつつ、早く出ないと切られてしまうと気づいて慌てて携帯を耳に宛てがう。
「ハロ、オーヴェ。こんな時間に電話なんて珍しいな」
己の恋人は規則正しい生活をし、いつもならばこんな時間はすでにベッドの中で夢を見ているはずだった。
珍しいと笑いながら問いかければ、自分でも珍しいと思っていることを示す微苦笑が伝わり、眠れないのかと問い返すと、小さな小さな声がうんと返して来る。
「そっか・・・・・・そっち、行こうか?」
『・・・・・・今はもう家に帰って来ているのか?』
己の恋人が幼い頃に巻き込まれた事件のせいで時々夢を見て魘される事を思い出しながら自然と優しくなる声でそちらに行こうかと聞くと、家に帰っているのかと問われて見えないのに頷いてしまう。
「おー、今帰って来た。やっと犯人送検したからさ」
『そうか。お疲れだったな、リーオ』
「まぁな・・・・・・ま、やるだけやったから満足してるけどな」
だから、今からそちらに行く気力も体力もありますがどうしましょうか陛下と、戯けながらも本心を一息で伝えたリオンに、一瞬息を飲んだような音とそれよりも大きなアイドリングのエンジンの音らしきものが聞こえて来るが、大丈夫と返されて蒼い目を瞬かせる。
そして、深夜に近い今、ブラインドの向こう側から聞き馴染んだエンジン音が聞こえて来て、ブラインドを窓から引っぺがす勢いで窓を開け放って頭をそこに突っ込む。
ボロいアパートの下に相応しくないキャレラホワイトのスパイダーが停まっていて、耳に宛てがった携帯からそっちに行っていいかとの声が聞こえて来た為、携帯にではなく外に向かって呼びかける。
「オーヴェ!上がってこいよ!」
その呼びかけに気付いたのか、運転席の窓が少しだけ開き、見慣れた白っぽい髪が顔を覗かせた後、定位置になっている場所に車を停めなおしたウーヴェが周囲を少しだけ窺った後、足早にアパートの階段へと駆けて来る。
その様子を部屋から見ていたリオンだったが、窓を閉めてブラインドを何とか元に戻し、ウーヴェの車が止まっている事すら気付かなかった事に自嘲してしまい、ベッドの上から室内を見回すと、あまりの惨状にどんな言葉も出てこなくなり、これを見たウーヴェに呆れられるだろうなぁと天を仰いで嘆息する。
そんなリオンの耳にドアノブがガチャリと回る音が流れ込み、自分の時とは全く違う静けさでウーヴェが入って来る。
「どーした、オーヴェ」
合鍵を首からぶら下げながらやってくるウーヴェに向け、眠れなかったのかとベッドに腰掛けながら両手を広げると、一瞬だけ躊躇うように視線を左右に泳がせたウーヴェが、小さな吐息一つをこぼして己のために広げられている腕に倒れ込むように身を寄せる。
「・・・・・・少し、嫌な夢を、見た・・・か、ら」
「そっか」
途切れ途切れの声がウーヴェの本心を伝えている事に既に気付いているリオンがそっかとだけ短く返し、己の腿にウーヴェを座らせると、その肩に顎を乗せて満足そうに吐息を零す。
「・・・ずっと見てたのか?」
そのずっとがいつを示すものかを測れずに首を傾げたウーヴェだったが、ここで嘘をついたり表面を取り繕う必要性を感じなかった為、お前が今回の事件を追っている間中、ずっと夢を見ていたと素直に答えれば、そうかという短い言葉が再び返ってくるが、今度はこめかみへのキスも一緒だった。
「────もう大丈夫だぜ、オーヴェ」
ここはお前専用の天国だ、だから悪い夢などもう見ないと、ウーヴェのこめかみ、頬、髪へとキスをしてくるリオンへと向き直ったウーヴェは、その言葉に安堵したことを示すようにリオンの額に額を重ね、そっと目を閉じる。
「・・・うん、ダンケ、リーオ」
「どーいたしましてー」
お前が来てくれたのだから今から一緒に寝ようと、恋人と一緒に寝るにしては夜の色香など一切感じさせない声音で欠伸交じりに呟いたリオンは、ウーヴェが微苦笑しつつ明日の予定を問いかけて来た為、再度欠伸をしながら明日は休みだと返す。
「そうか・・・じゃあ明日はゆっくり寝ていられるな」
「そーだな、オーヴェは仕事だろ?」
だから家に帰る前に起こしてくれ、一緒に朝飯を食いに行こうと笑い、今まで付き合って来た彼女たちには起こさずに静かに出て行ってくれどころか、疲れ切って帰ってきたのだから連絡などしてくるなと伝えていた事を思い出し、まさか己がそんな言葉を伝えるようになるとはと思わず自嘲してしまう。
「どう・・・した?」
「んー、昔の彼女だったら何があっても起こすなってキレてただろうなーって」
ただそれは今も言ったが昔の彼女達に対しての態度であり、お前に対してではないから安心しろと欠伸交じりに笑いかけたリオンに、ウーヴェが一瞬考え込んだように視線をじっと固定してくるが、俺の電話は平気だったのかと小さく呟く。
「そーだな、前までならマジギレしたんだろうけどなぁ」
でも不思議なことにお前の電話は本当に嫌ではなかったし、今もこうして話をしているだけで、ここ数日の睡眠不足からくる苛立ちも解消されそうだと本心を伝えて今度はリオンからウーヴェの額に額を重ねる。
「でも、やっぱり眠いから一緒に寝ようぜ」
そして朝になればいつものカフェで一緒に朝飯を食って、オーヴェは仕事に、俺はベッドに潜り込むと笑ったリオンは、ウーヴェの細腰をしっかりと抱き締めると、明日の朝食後も倒れ込む予定のベッドに倒れ込む。
「こら・・・!」
「良いから良いから」
ギシギシと煩く軋むベッドの上で悪戯っ子の顔で笑ったリオンに呆気にとられつつも、その無邪気さ−を装った優しさにウーヴェが今度も素直に頷き、自宅のベッドよりも安心できる広く分厚い胸板に甘えるように顔を寄せる。
「・・・お休み、オーヴェ」
もう悪い夢は見ないから安心して寝ろと耳元でキス交じりに囁かれて頷き、同じようにキスを薄く開く唇に返すと、嬉しそうに口角が持ち上がる。
「お休み、リーオ」
「うん」
お互いの睡眠不足を解消できるような眠りになるかは不明だが、一人の夜よりは遥かに精神的に落ち着いたものになると互いに感じながら眠りに落ちるのだった。
2020.02.08
ドアノブにケンカ吹っかけるなよ、リオン(;´・_・`)ゞァセァセ


