春の陽気が一気に夏を感じさせる暑さを孕んだ一日が終わり、季節相応の空気に入れ替わる頃、仕事を終えて自宅へと戻っていた彼は、助手席に置いたアタッシュケースから軽快な映画音楽が流れ出した事に気付き、慌てることなく路肩に車を止めてケースを開いて携帯を取り出す。
『ハロ、オーヴェ』
「もう仕事は終わったのか?」
『終わった!』
お前のように今日も一日頑張って働いたと笑顔を想像させる声に教えられ、そうかとだけ返した彼は、ルームミラーに映る己の顔がやけににやけている事に気付いて咳払いをする。
『どうした?』
「何でもない。・・・今はどこにいるんだ?」
今車だから迎えに行けるぞと告げ、ルームミラーに映し出される世界を見つめていると、駅に向かっている途中だったと教えられ、あと少し待ってくれれば迎えに行けると目を細める。
今日も一日刑事として精一杯働いただろう恋人を労いたい、少しでも一緒にいたいと思うのは何も恋人だけではなく彼自身もそうだった為、そうとは悟られない声音で囁いて返事を待つが、返ってきたのは魂の叫び声だった。
『腹減ったから何か食いたい!』
「・・・分かった。何が食べたいんだ?」
本能の叫びには逆らえないと常々豪語する彼の恋人は、今もまたその言葉通りに小さく叫びだし、仕方がないと溜息を一つ落としてステアリングをノックする。
『んー・・・・・・オーヴェ!』
「バカたれっ!」
返ってきた言葉に絶句した後すかさず馬鹿と告げ、くだらない事を言うのならば切るぞとも告げると、携帯の向こうで慌てふためく気配が伝わってくる。
『ちょ、ごめっ。冗談』
「・・・で、どうする?迎えに行こうか?」
トントンとステアリングのノックの回数を増やしたその時、そのノックと重なり合うようにノック音が響く。
「!?」
『ハロ、オーヴェ』
慌てて音のした助手席の窓を見つめれば、上体を折り曲げて覗き込むように見つめてくる蒼い双眸が夕闇にきらりと光り、開けてくれと携帯から流れる声と指のジェスチャーから教えられて慌ててドアロックを解除すれば、満面の笑みを浮かべた恋人がするりと乗り込んでくる。
「へへ。前を見たらスパイダーが停まってたからさ」
キャレラホワイトのスパイダーを余り見る事はないし、雰囲気がお前のものそっくりだったと笑う彼に苦笑しつつ携帯をアタッシュケースに戻すと、シートに深くもたれ掛かって溜息を零す恋人に目を細め、もう一度お疲れ様と労いの声を掛ける。
「うん。言葉も良いけどさ」
ほら、何かを忘れてると片目を閉じられて暫し考え込んだ後、今ここが狭い車内で外からは覗き込まれない限りは見えないと腹を括り、軽く顔を突き出す恋人の頬に掌を宛がい、そっとそのまま引き寄せれば青い眼が瞼の下に隠れてしまう。
それが残念で仕方がなかったが、とにかくお疲れ様のキスを唇に素早くした彼は、満足そうな吐息を零す顔に小さく頷いてこの後どうすると問いかければ、お前の家で軽く食べてゆっくりとサッカーの試合を見たいと答えられて軽く目を瞠る。
「それで良いのか?」
「ゼンメルあったっけ?」
「ああ。明日の朝の分もある」
「いやっほぅ。じゃあゼンメルのサンドとビールで良いや」
だから早く家に帰ろうと笑う恋人に似たり寄ったりの笑みを浮かべた彼は、細められた蒼い瞳に鼓動を少しだけ早めるが、何とかそれを押し殺して愛車をスタートさせるのだった。
家に帰り念願のサンドとビールでささやかな食事を終えた二人は、サッカー大好き少年が大きくなったような彼、リオンの願いを叶えるようにリビングのカウチソファで各々好きな体勢で録画しておいたサッカーを見ていたが、後半のロスタイムに入った頃、突然起き上がったリオンが本を読みながら試合を見ていたウーヴェの腿に腹這いになる。
「どうした?」
「・・・・・・な、オーヴェ」
「うん?」
今まで付き合ってきたどの彼女たちにもしたことのない膝枕や、こうした濃厚なスキンシップをリオンと付き合いだしてからは行うようになっていたが、それでもやはり付き合いだした当初は気恥ずかしさが勝っていて、手を繋ぐ事も精一杯だった。
それを思えば随分と進歩したと我が身を誉めたくなる彼、ウーヴェは、腹這いのまま振り仰いでくる蒼い瞳に鼓動を早め、だからどうしたと視線で先を促すと、楽しみにしていたはずのサッカーが流れているテレビの電源を切り、ごろりと寝返りを打った。
「リオン?あと少しじゃないのか?」
「・・・・・・イイよ。録画してるからまた後で見れる」
でも、こうして穏やかな顔で俺の横で本を読むオーヴェの顔は今しか見られないと、意味の深いことを囁きながら挙げた手でウーヴェの顎を擽ったリオンは、止めろと肩を竦める彼に目を細め、オーヴェと一つの思いを込めてその名を呼ぶ。
そうすると見上げたターコイズの双眸が左右に揺れて心の裡を現してくれるが、程なくして視線が定まった頃に小さな吐息と共に仕方がないという声がリオンの掌に零される。
「・・・ダン、オーヴェ」
「・・・・・・・・・先に部屋に戻っていてくれ」
準備が出来ればすぐに行くと告げて返事も聞かずに立ち上がったウーヴェは、リオンが相変わらずの照れ屋さんなんだからーと嘯く声に視線だけを投げかければ、その視線の先でひょいと肩を竦めて見送ってくれる。
その時に見えた悪戯小僧のような蒼い瞳につい心が惹き付けられてしまい、今はまだダメだと己を叱咤しながらベッドルームにあるバスルームへと向かうのだった。
驚くほど澄んだ蒼い瞳が、ただ自分を一心に思う気持ちだけを伝えてきているようで、そんな目に見つめられれば逆らうことも出来ないと改めて思い知らされる。
この青い眼に惹き付けられてどうしようもないのだ。
一度見ただけで心の中に焼き付いてしまった、一対の宝石のような瞳に見つめられてしまえば、視線を逸らすこともその眼を忘れることも出来ず、ただただ己の自由にならない心を抱えた辛さに吐息を零すことしか出来なくなってしまうのだ。
今もまたその思いに囚われて切なげに眉を寄せ、身体の隅々まで伝わる快感に熱の籠もった吐息を零すと、顔を上げた陽気さを滲ませつつもより男の顔で笑う恋人と視線がぶつかる。
「・・・そんな顔をするなよ」
若干の意地の悪さを込めた様な声に顔を背けてどんな顔だと強がりから声を挙げるが、自分の今の顔が人に見せられるようなものではない事を誰よりも理解しているウーヴェは、突如芽生えた羞恥から唇を噛み締めるが、すかさず与えられた強い快感に背中を撓ませてくすんだ金髪を押さえつけるように手を突っ張ってしまう。
「────ア・・・ッ!!」
自分が今どんな姿なのかを思い出せと教えられるようにねっとりと吸われてしまい、きつく目を閉じて快感をやり過ごすが、視界を閉ざした途端、脳裏に忘れることが出来ない輝きを放つ瞳が浮かび上がり、堪えきれない声を挙げてしまう。
瞼の裏に焼き付いて離れない蒼から逃れるように目を開ければ、いつの間にか伸び上がっていたリオンの顔が間近に見え、半ば姿を隠した蒼い瞳に見つめられて呼吸困難に陥りそうになる。
その苦しさから逃れたくて、くすんだ金髪を抱き寄せるように腕を回して身を寄せると、宥めるように背中を撫でられて耳朶に優しくキスをされたかと思うと、軽く歯を立てて微かな痛みを身体に植え付けられる。
「・・・ィ・・・っ!」
「オーヴェ」
顔を見たいからこちらを向けと優しく促されて従うと、真剣さの中に愛情を込めた瞳が愛おしげに細められていて、自分の心臓が壊れてしまったのではないかと思うほど鼓動が激しくなってくる。
目を開けようが閉じようが見つめてくる蒼い瞳がもたらす力にどうしようもない息苦しさを感じるが、優しく名を呼ばれて震える瞼を持ち上げれば、ただ愛おしさから見つめてくる双眸に気付き、一瞬の忘我の後に全身から力が抜けてしまう。
「リオン・・・っ、・・・リーオ・・・っ!」
「どうした?」
ウーヴェの微かに震える唇から流れ出すのは同じく震える声だったが、有りっ丈の思いを込めてそっとその名を呼び、もう一度柔らかな髪に手を差し入れて抱き寄せる。
いっそこのまま息の根を止めてくれれば、今脳裏に浮かんでいる瞳を自分のものに出来るのにと、滅多に考えることのない思いに囚われそうになり、頭を振ってその思いを霧散させる。
「────頼む・・・」
お前だけが持つ青が脳裏を占めている今、お前の熱で中を埋め尽くしてくれと悲鳴じみた声で懇願してしまい、一瞬リオンの動きを止めさせてしまうが、次いで響いた声にきつく目を閉じる。
「イイぜ。その代わり・・・・・・」
お前の冷たい熱を俺にくれと囁かれて無意識に頷いたウーヴェは、重ねられた後次第に深くなる口付けに息の根を止められそうになるが、苦しさを感じる暇もない程舌を絡めて唾液を混ぜ合い、互いの口の端から伝い落ちる様な激しいキスを交わし合うのだった。
突き上げられ中を掻き混ぜられてしまえば声を殺すことが出来ず、たがそれを素直に口に出す事も出来ずにシーツを握りしめて堪えてしまうと、それを見越したリオンが目を細めて舌なめずりをした後、快感に震える腰を掴んで身体をより一層密着させると、白い髪が左右に激しく揺れて腕の間に頭が落ちてしまう。
「────ァ、・・・アっ・・・ゥ・・・!」
籠もった声にリオンが強情だよなと歌うように呟き、枕に押しつけられている顔を一つ撫でてそのまま横を向かせると、親指で噛み締められている唇を撫でて力を抜かせながら最も身体が跳ねる場所を突き上げると同時に、親指を差し入れて口を閉じられなくしてしまう。
途端流れ出す熱の籠もった声にウーヴェの目がきつく閉ざされるが、顔を背けることも許さないと手の動きで伝えて舌を押さえれば、唾液と共に嬌声がリオンの手を通して流れ出す。
「オーヴェ・・・」
「な・・・っ、だ・・・?」
気持ち良さそうにしているところを悪いと断られ、カッと熱を帯びた顔で何だと睨み付けたウーヴェは、そんな顔をも出来るんだぁとのんきな声を挙げたリオンに腰を掴まれて身体を反転させられてしまい、中に入ったままのそれが結果的に蠢いて奥を刺激した為に目を瞠って短く悲鳴じみた声を放つ。
「・・・ン・・・ァ・・・っ!」
「・・・やっぱ、さ、バックも良いけど・・・お前の顔を見たい、な」
言葉を句切りながら囁くリオンだが、ウーヴェの中を擦り突き上げる動きを止めることはなく、リオンの呟きにどんな言葉も返せなかったウーヴェは、シーツを握りしめて強い快感を堪えるように眉根を寄せる。
惚れて止まない蒼い瞳に見下ろされている、己の嬌態を見られていると考えるだけで脳味噌が沸騰してしまいそうな熱を感じるが、その熱が脊髄を辿って腰に辿り着いた時、中を圧迫していた熱と混ざり合ってびくんと身体を揺らしてしまう。
抱えられて押さえつけられ、より深くリオンを受け入れるような姿で受け止めていたウーヴェだが、与えられるばかりじゃない事を教えるようにリオンの首に腕を回して引き寄せ、青い石のピアスに口を寄せて耳朶に軽く歯を立てる。
「ん?どうした、オーヴェ?」
「・・・・・・リーオ・・・っ、・・・っと・・・」
「────もっと?」
もっとどうして欲しいんだと意地悪く問われて顔を背けたウーヴェだったが、抱えられていた足を振り解いた後、自らリオンの身体に足を絡めれば嬉しそうに笑みを浮かべたリオンが更に身を寄せた為、その動きに声にならない声を挙げて頭を仰け反らせ、願いの通りに与えられる強い快感に身体を震わせる。
あと少しと呟くリオンにウーヴェが無意識のように何度も頷き、身体の裡から溢れる快感に頭を左右に何度も振るが、何よりも己の心を縛り付ける青に見下ろされて脳味噌の片隅が悲鳴のような声を挙げてしまい、つられるように開いた口から嬌声と共にウーヴェが意識しなかった言葉が流れ出す。
突如響いたその声にリオンが目を細めてにやりと笑みを浮かべ、腰に絡められていた足を掴んで胸につくほど押しつけると、その勢いのまま腰をぶつけて更に高い声を挙げさせ続けるのだった。
瞼を閉ざしていようが開けていようが、視界に飛び込む蒼い瞳からは逃れられない。
ぼんやりと靄がかかったような脳味噌がどうにもならない現実に嘆息し、それにつられて瞼を持ち上げると、心配そうに覗き込みながらも何処か自慢の色を浮かべたリオンが頬杖を着いてウーヴェの前で横臥していた。
「・・・おはよ、オーヴェ」
その言葉から己がまた意識を失っていた事を思い知らされ、瞬間感じた羞恥から顔を真っ赤にして恋人の視線から逃れるように寝返りを打ってコンフォーターを引きずり上げる。
「オーヴェ、なんでそっち向くんだよ」
「うるさいっ!バカリオンっ!」
またそんな事を言う、と、明らかに口を尖らせた気配を感じ、言わせているのは誰だと口早に告げて吐き捨てると、小さな音を立てたキスが頬に落とされて素肌の肩を抱かれてしまう。
「オーヴェ」
「・・・っ」
「さっきさ、何て言ったんだ?」
もっとと強請った後で何と言ったんだとリオンが笑み混じりに問いかければ、彼の目の前で恋人の白い首が俄に真っ赤になってしまい、その様からきっと予想外の言葉を告げてしまったのだろうと想像し、白い肩に顎を載せて薄い腹の前に手を回すと同時に手探りでウーヴェの手を探し当てると、そっと掌を重ねて指を折る。
「・・・お前のものだ」
だからさっきのような言葉は忘れ去ってしまえと囁いて返事を待つが、当然ながらそれに対する返事などなく、それでもウーヴェの肩に顎を載せてしっかりと背中に胸をくっつけていると、何に対する諦めかは不明だが、リオンの手に溜息が零されたついでに濡れた感触と小さな音が聞こえてくる。
「聞こえていたのなら聞くな、バカたれっ」
「や、分かってても聞きたいだろ?」
お前が快感に浮かれているとはいえ、もっとと強請ることも珍しいのに、他の誰かを見るななんて言われれば何度でも言ってくれと思ってしまうと断言されて絶句したウーヴェは、耳だけではなく全身が熱を帯びたような羞恥を感じてしまい、さすがに振り返る事も出来ずに腹の前で重ねられている手を指で何度も撫でる。
快楽に二人で溺れているとき、目を閉じていても脳裏に鮮明に浮かぶ青と、目を開けたときに情だけを込めて見下ろしてくる青が心の中で重なり合い、見たこともないような青に変化を果たしてウーヴェの中を満たしていた。
その満足と未だかつて経験した事のない苦痛とが綯い交ぜになり、結果今リオンが笑み混じりに告げてきたように、その目で俺以外のものを見るなと、生まれて初めて独占欲の塊の様な言葉を零してしまったのだ。
思い出すだけでも地の底に深く潜り込みたくなるが、今こうして背中から抱きしめてくる温もりと首筋に掛かる穏やかな吐息に羞恥を忘れたように心が解れていく。
今自分の中を満たす青はリオンの双眸の色とも全く別の色とも言える青に変化していて、この青の中に心身ともに浸っていたいと唐突に考えてしまうが、それが不可能ならば眠りに落ちるまでの間、惚れてやまないロイヤルブルーの双眸を脳裏に、瞼に閉じ込めておこうと決めてリオンの手を逆に握って合図を送ると、隙間を空けてくれた事に感謝しつつ寝返りを打つ。
「────リーオ」
「どうした?」
「・・・・・・何でもない。お休み、リオン」
訝る目に目を細め、その色に包まれて見る夢はどんな甘美なものだろうなと囁きかければ、この日最大の驚きだというようにリオンが目を瞠る。
「きっとさ・・・最高に楽しい夢だぜ」
だから安心してゆっくり寝ろと優しく囁かれて頷いたウーヴェは、リオンの肩に顔を寄せる様に擦り寄ると、もう一度お休みと呟いて目を閉じる。
お休みと返す眠気混じりの声に笑ってしまった気がするが、その笑いが現実に発せられたものか夢の中で発せられたものなのかをウーヴェが判断することは出来ないのだった。
2011/04/10


