疲れた足を引きずりながら向かう先は、今日のように寒さが身にしみる時には抱きしめてその温もりで癒して欲しいと願ってしまう最愛の人と共に暮らす家だった。
今日も今日とて刑事として精一杯働いたリオンは、足が棒になると訴えてみたものの、今まで何度となくその言葉を聞かされてきたが、実際にお前の足が棒になった所を見た事がないから今回も大丈夫だ、明日も頑張って働けと上司に言い放たれて絶句してしまい、その腹癒せにいつものように上司のデスク-と言っても今度は一番大きな引き出し-を開け放ち、胃腸薬と書かれている箱の中から、胃腸薬の割には子どもが特に喜びそうな甘くて美味しいチョコを鷲掴みにする。
呆然と見つめてくる上司に口は災いの元だと言い放って素早く部屋を出たリオンは、背後のドアにブロックメモがぶつかる光景に口笛を吹き、戦利品片手に己のデスクに腰を下ろし、チョコをひとつ摘んでは書類仕事に取り掛かっていたのだ。
上司にメモを投げつけられるような言動を取るリオンだったが、仕事に関しては他の誰よりも真摯に取り組む姿勢を知っているから、日頃の傍若無人ぶりも大目に見て貰えていることをよく知っていた。
だから、労いの言葉をかけて帰宅しようとする上司を捕まえ、さっき張本人から強奪したチョコを手渡し、程ほどにしないと奥さんのカミナリが薄くなった頭の上に落ちるぞと憎まれ口を叩いて上司を送り出したのだった。
そうして自身は心地よい疲労感をお供に、愛するウーヴェが待つ家に帰ったのだったが、待っていたのは何故か普段よりも厚着をしているウーヴェだった。
「ハロ、オーヴェ。どうした?」
まさかこの時間から出掛けるのかと、腕の時計を確かめたリオンにウーヴェが苦笑しつつ首を左右に振り、信じられないことにベッドルームのヒーターの調子が悪いと告げてリオンの腰に手を回し、今日一日の疲れを吹き飛ばしてくれるようなキスをする。
「へ!?ベッドルームの暖房壊れたのか!?」
「・・・・・・完全には壊れていないと思う」
ただ、どれだけ設定温度を上げても今以上にならないことを伝えて二人でベッドルームに入ると、その途端リオンが身体を震わせる。
「外よりマシだけどさ、結構寒いなぁ。どーすんだ、オーヴェ?」
「業者には明日の朝連絡をする。今日はリビングのソファベッドで寝てくれないか?」
「それは問題ねぇけど、オーヴェはどうするんだ?」
冬の間だけ暖炉前に置かれるソファベッドはさすがに二人で寝るには狭すぎる為、まさかバックパッカーのように床に寝るんじゃないだろうなと眉を寄せると、それはないから安心しろと笑われてホッとするが、いつもより厚着をして毛布を二枚重ねにしてベッドで寝ると言われて今度は目玉が転がり落ちそうなほど目を見開く。
「ベッドで寝るって・・・風邪ひいちまうぜ、オーヴェ」
「大丈夫だろう?」
リオンに比べれば遙かに細身で華奢に見えるウーヴェだったが、外見とは裏腹に身体は頑丈だった為に何でもない事のように言い放つと、リオンの眉がくっきりと寄せられる。
「だーめ。俺だけが暖かい部屋で寝るなんて絶対にダメ。オーヴェが良いって言ってもダメだからな」
腰に手を宛がって少し上体を屈めてウーヴェを上目遣いに見つめて諭すように呟いたリオンは、ウーヴェのきれいなターコイズ色の双眸が左右に揺れた後、やや躊躇いがちに口を開くのを同じ姿勢で見つめる。
「・・・リオン、俺の仕事は座っていることが多い」
お前は俺とは違って毎日毎日走り回っていることが多いのだから、ゆっくりと暖かな部屋で寝ればいいと伝えると、リオンが身体を戻して腕を組み、じろりとウーヴェを睨め付ける。
「ダメなものはダメだってさ、いつも誰かさんが言ってるよなぁ」
自分が言うのは構わないが人が言うのはダメなのかと皮肉を言われ、それでもうなずけなかったウーヴェにリオンが組んでいた腕を解いてウーヴェの鼻をぎゅっと摘む。
「っ・・・!」
人に鼻を摘まれるなどほとんど経験のないウーヴェがそれに驚いて目を瞠ると、同じ家にいて独りで寝ろなんて言うなと呟いた後にリオンがウーヴェの肩に額を押し当てて常に感じている本音を告げる。
「・・・・・・・・・独りは嫌だ」
同じ屋根の下で別の部屋で寝ることすらも受け入れられないことを教えられ、一瞬だけ胸に疼痛を感じたウーヴェは、その痛みを感じさせないように気をつけつつ、リオンの頭を抱き寄せてキスをする。
「・・・・・・じゃあどうする?」
「んー・・・・・・いつもよりちょっと寒いけど、ここで一緒に寝るってのはどうだ?」
「寒いぞ?」
「オーヴェがいるから平気」
身体に感じる寒さなど、精神的な寒さに比べればどうと言うことは無いと肩を竦めるリオンにそれ以上は何も言えなかったウーヴェは、ひとつ溜息を吐いた後で何かを思い出したように頷く。
「湯たんぽを使うか?」
「へ?湯たんぽあるのか?」
「ああ」
悪友の一人が立案計画したパーティでの景品にあったのを捨てずに置いておいたと笑い、リオンから離れて部屋を出たウーヴェが戻ってきた時には湯たんぽとそれを納める袋を手にしていた。
「マジで湯たんぽだ。懐かしいなぁ」
「ホームで使っていたのか?」
「そうそう。小さな頃にマザーが買ってくれて、ゾフィーが袋を作ってくれたんだよ」
こんな高級な湯たんぽではなく本当に安い小さなものだったが、毎日使っていたと懐かしそうに目を細めたリオンにウーヴェも小さく笑い、今夜はこれを使って寝ようと頷くのだった。
食事を終えて今日一日の締めくくりを、いつもより少しだけ寒い部屋のベッドの中に潜り込んで行おうとウーヴェを誘ったリオンは、パジャマの上にガウンを着込み、毛布も二枚重ねにしてコンフォーターをすっぽりと被ってウーヴェが隣に入ってくるのを待ち構えていた。
お待ちかねのウーヴェが湯たんぽを片手に戻って来たかと思うと、リオンの足下に湯たんぽを押し込み、自らはリオンが持ち上げている毛布の下に素早く潜り込む。
「・・・・・・あ、暖かくなった」
「そうか?」
「うん。湯たんぽもだけど、オーヴェがいるから暖かい」
いつもならばベッドの中でごろごろと転がるリオンとベッドヘッドにもたれ掛かって読書をするウーヴェだが、さすがに今夜はそれをするつもりはないようで、二人で顔を近づけて笑い、足下ではひとつの小さな温もりを自分のものにしようと足を動かしては互いを牽制していた。
「ちょ、オーヴェ、そっちに持って行くなよ」
「何を言ってるんだ?お前が足を避ければ良いじゃないか」
「えー、信じられなーい。オーヴェのイジワルー」
「この湯たんぽがこっちに来るのなら、別にイジワルでも良いな」
たとえ二人寄り添って眠ったとしても、恐らく寝相の悪いリオンが離れてしまえば当然寒さを感じるだろう。ならば湯たんぽを自らの足の傍に置きたいとの思いから笑みを浮かべると、リオンの口が尖って頬が膨らむが、その頬がぷしゅーと音を立てたように凹んだ直後、蒼い瞳が不気味な形に歪められる。
「そーんなことを言う人には、こうしてやるっ!」
「っ!!こら、リオンっ!!」
冷たいから止めろと叫ぶウーヴェにリオンが不気味に笑ったままもぞもぞと身体を動かすと、コンフォーターと毛布の下でウーヴェがリオンから距離を取るように移動する。
「冷たいだろう!?」
「だーってオーヴェが湯たんぽを独り占めするからだろ?湯たんぽ代わりになるのが嫌なら寄越しなさいっ」
目を吊り上げるウーヴェに向かってリオンがにたりと不気味に目を細め、今持ち上げている足をまたパジャマの裾から突っ込まれたくなかったら湯たんぽを寄越しなさいと、足を持ち上げていることを示す様に毛布を持ち上げると、ウーヴェが考え込んでいるように目を左右に泳がせるが、溜息ひとつで湯たんぽをリオンの足下へと押しやり、寒いから毛布を下ろせと顎を軽く上げると嬉しそうな顔でリオンが擦り寄ってくる。
「・・・どうした?」
「寒いのはいやだけど、こんな風にくっついて寝られるなら、ヒーターが故障しても良いかな」
悪戯小僧の顔で笑うリオンにウーヴェは呆れそうになるが、伝えたい思いを酌み取って同じような笑顔でリオンの腰に腕を回す。
「・・・・・・そうだな」
今ぐらいならば耐えられる寒さだなと笑ってリオンの頬にお休みのキスをすると、リオンもウーヴェの頬にキスをし、笑顔のまま目を閉じるのだった。
2013.02.09-03.13までwebclapとして公開


