016:言えない言葉

Lion&Uwe,Kain&千暁

 カーニバルが終わった街は次第に春を司る女神の息吹に包まれ始め、長い冬を乗り越えた人々の顔にも明るさが増してくる。
 街ゆく人々の顔を二重窓から見下ろしていた彼は、診察室のドアが静かに開いた音に気付いて振り返り、艶のある髪を顎の下で切りそろえた女性がカップを二つとティーポット、そして彼女自慢の手作りタルトを運んできた事に自然と顔を綻ばせる。
 「お茶にしましょう」
 「ああ、ありがとう」
 彼女が笑顔でお疲れ様でしたと労いの言葉を掛けながら窓際のソファセットに向かうと、デスクの端に倒れないように立て掛けておいたステッキをついた彼がゆっくりとお気に入りのチェアに向かって行き腰掛ける。
 「今日は初めて作ってみたから、少し自信がないわ」
 「シュヴァーベン地方のケーキ?」
 「そう。友達が教えてくれたの」
 ソファセットのテーブルに切り分けたケーキ-シュヴェービッシャー・アプフェルクーヘンを置いた女性、オルガが不安を笑顔に混ぜ込んで差し出し、ティーポットの紅茶をカップに注ぐ。
 その動作をもう何年見つめてきただろうかと不意に思案した彼、ウーヴェだったが、自らの好物であるリンゴのタルトを目の前にすればそんな過去の年月など一切関係が無くなってしまう。
 「美味しそうだな」
 「口に合えば良いけど」
 向かい合わせに腰を下ろしたオルガが苦笑したその時、診察室のドアが激しくノックを繰り返す。
 その物音から嫌な気配を感じ取った二人はどちらも声を出すことが出来なかった為か、急かすようにもう一度ドアがノックされる。
 「・・・・・・はい」
 「ハロ、オーヴェ!」
 ウーヴェの代わりにオルガが素早く立ち上がってドアを開けると同時に金色の嵐が室内に飛び込んでくる。
 「・・・・・・もう仕事は終わったのか?」
 「今日はもうイイって」
 苦笑するオルガの頬に軽くキスをして挨拶をしたリオンは、笑みを崩さずにウーヴェが座るチェアの背後に回り込んで後ろから抱きつくと、眼鏡に邪魔をされない頬にただいまのキスをする。
 「あ、美味そう!」
 「・・・・・・食べるのならキッチンの冷蔵庫に入っているわよ」
 「ダンケ、リア!」
 二人が知り合った頃から全く変わることのない子供のような顔に、様々な出来事を経験した人間だけが浮かべられる笑みを混ぜ込んで大きく頷いたリオンは、ウーヴェの白い髪にキスをした後入ってきた時とは比べられない早さで診察室を出て行くと、同じ早さで戻ってくる。
 「んふー。幸せ」
 リオンの為の紅茶を入れたオルガがその言葉にさすがに呆れた様に溜息を零すが、ウーヴェも同様だったが、このいつまで経っても変わらない笑顔が不思議な反面、とても貴重なものに思ったりもするのだ。
 二人で短いとも長いとも言える時間を共に過ごし、喜怒哀楽の全てを詰め込んだ心裡をひっくり返すようにさらけ出して互いを理解しあってきたが、その笑顔を見ればやはり己の裡の裡まで晒した相手が彼で良かったといういつもの思いに辿り着く。
 だがそれを今ここで素直に顔に出すのは矜持が許さず、呆れた様な顔でリオンを見つめたウーヴェが口を開こうとしたその時、再度ドアがノックされる。
 「はい?」
 そのノックは先程のリオンが鳴らしたものに比べれば遙かに大人しいものだったが、オルガや患者が鳴らすものに比べれば賑やかなものだった。
 こんな風にノックをする人間は幾人かいるが、真っ先に思い浮かぶ人間はと言えば、今子供と同じ顔でリンゴのタルトを頬張っているリオンだった為、オルガが再度立ち上がってドアを開ければ、ドアの陰からリオンに比べれば遙かに小さいながらも、周囲の環境次第では同じ大きさに成長しかねない黒い嵐が飛び込んでくる。
 「きゃっ!」
 「あ、ごめんっ、リア!」
 驚かせてごめんとすぐさま謝る声にオルガが誰であるかを察して苦笑し、大丈夫と手を差し出せば、小さくて温かな手がそっとその手を握る。
 「こんにちは、リア」
 「ええ、こんにちは、アキ」
 ウーヴェとリオンの友人である森千暁がオルガに笑顔で挨拶をした後、彼女の言葉を聞くが早いかウーヴェの前に駆け寄り、ソファテーブルに掌を叩き付ける。
 「ちょっと聞いて、ウーヴェ!!」
 「・・・・・・・・・分かったから少しは落ち着け、アキ」
 「落ち着いてなんかいられないんだって!」
 カインの馬鹿、もう知らないと頬を膨らませながらもウーヴェの言葉に従ってソファに腰掛けた千暁は、頭から湯気を立てそうな勢いで腕を組んで足も組む。
 「カインが何かしたのか?」
 その問いを発したのはウーヴェではなく、その横で美味そうにトルテを頬張っていたリオンだった為、千暁がその時ようやくそこにリオンがいたことに気付いた様に盛大に飛び上がる。
 「みんなに聞きたい事があるんだ!」
 「聞きたい事?」
 そんなに大きな声で話さなくても聞こえているとウーヴェが溜息混じりに呟き、その横でリオンがただ無言で肩を竦めると、今度は千暁の分の紅茶を入れながらオルガが何かしらと問いかける。
 「うん。あのさ、みんなは、その・・・・・・」
 先程の勢いはどこへやら、尻窄みになる千暁の声に三人が顔を見合わせ、顔の半分近くが目だと良くからかわれる大きな瞳を覗き込むと、直後に黒髪に隠れている耳まで真っ赤になって俯いてしまう。
 「アキ?」
 「・・・・・・あのさ・・・その・・・・・・」
 「?」
 発言者の口の中でのみ響く声にリオンが焦れったいと苦笑して先を促すと、照れが盛大に混ざった小さな小さな声が自分のパートナーに告白するのかと問われて三人の全く違う色の瞳が同じ驚きに見開かれる。
 「告白?何かカインに秘密にしておかないといけない事でもあるの?」
 己のボスであり友人でもあるウーヴェの元へと遊びに来る千暁から、当初は同居人であったが今は恋人関係にあると聞かされている彼に対して秘密を抱えたのかとオルガが心配そうに問いかけると、そうじゃないと赤かった顔を今度は青くしながら激しく頭を振る。
 その動作の激しさからついリオンなどは小動物を連想してしまうのだが、それはどうやら今話題の主となっている彼の幼馴染みであるカインも同じらしく、ついついからかって慌てる素振りに魅入ってしまうと囁きあう事もあった。
 「何の告白なんだ?」
 「うん、だからさ、その・・・っ」
 「アキ、さっきから同じ言葉しか言ってないぞ」
 表現したいドイツ語が分からないのかと苦笑混じりに問われて頭を再度左右に振った千暁は、今からバンジージャンプをする人間と同じ表情で拳を握って腿に宛がい、深呼吸を繰り返した後、ぼそぼそと呟いて顔を伏せる。
 「・・・愛してる、なんて、言うの・・・っ?」
 「は!?」
 「・・・・・・どう、かしら・・・ねぇ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 千暁のその一言にリオンが素っ頓狂な声を挙げ、オルガがどうだろうかと疑問の声を発するが、ウーヴェはただ無言で千暁の俯いた顔を見つめていた。
 「どうして・・・その、愛してるって言わないんだ・・・って・・・」
 耳どころか首筋まで真っ赤になりながら俯く千暁の不明瞭な言葉に三人が呆気にとられるが、次第におかしさが込み上げてきたのか、ウーヴェが小さく吹き出したのを契機に、三人の口から笑い声が流れ出す。
 「な・・・っ!!笑い事じゃないんだって!!」
 こっちは真剣なのにみんな笑うなんて酷いと、まるで小型犬の様に吼える千暁にウーヴェが咳払いを一つして手を立てて掌を向ける。
 「悪かった」
 「うん。良いよ。ウーヴェとリアは許してあげる」
 「え、なんで俺は許してもらえないんだよ、アキ?」
 にっこりとここのクリニックのボスと助手を許すと告げた千暁だが、大きな目を半分の大きさにしてイヤミな視線でリオンを見ると、今度はリオンが盛大にがなり立て始める。
 「ああ、もう、煩いわね!少しは静かにしなさい、リオン」
 「・・・・・・アキ、腹を立てているのはカインに対してだろう?」
 「そうだそうだ!俺は何もしてないぜ」
 盛大に不満を訴えたら気分が落ち着いたのか、一体どういうことだと肩を竦めるリオンに千暁が掻い摘んで事情を説明し始める。
 それは、千暁以外の三人にとってはごく当たり前の事だったが、彼にとってはかなりの緊張を強いられるもので、先程真っ赤になって小さな声で告げた、Ich liebe dich、日本語で言えば愛していると告げる事だった。
 日本では余程の事が無い限り、またはテレビや映画、フィクションの世界に憧れていた頃に一度は言ってみたいと考えていた言葉ではあったが、幸か不幸か千暁がその一言を日本で伝える相手はいても伝えるチャンスは無かった。
 だから当然ながら口にすることも文字にすることもなかったが、こちらに留学し、カインと同居を始めて紆余曲折の末に付き合い始めたのだが、日本語ではない愛の告白を初めて聞かされた時は意味が理解出来ず、理解した瞬間、脳味噌のキャパシティがオーバーした千暁の口からケラケラと笑い声が流れ出してしまい、カインを激しく落ち込ませてしまったのだ。
 さすがに落ち込む恋人の顔など見たくはない千暁は、その言葉-カインは一日に一度は必ず千暁を真正面から見つめながら愛していると告げる為、いい加減慣れてしまえと裡なる声は囁くのだが、やはりどうしても羞恥が勝ってしまい、告白される度に大きな目を左右に泳がせたり、ああだのうぅだのと意味の分からない事を言っては紛らわせていたのだ。
 その事情を真っ赤になりながら身振り手振りを交えて語った千暁は大きく溜息を零すが、それを聞かされた三人の反応はと言えばものの見事に三者三様に別れていた。
 一人は全く理解出来ないと言った顔でどうして言わないんだと彼と同じ事を呟き、唯一の女性は毎日告白されるなんて、男女のカップルでも羨むことだわと何故か恨みがましい目で見つめられ、残る一人には盛大な溜息を零されてしまい、自分は何か間違っているのかと肩を窄めて小さな身体を更に小さくしてしまえば、溜息を零したその口が聞く者に安堵感を与える不思議な声が笑い声と共に流れ出す。
 「ウーヴェ?」
 「アキ、日本では愛しているとは余り言わないのか?」
 「う、ん、ずっと昔と比べれば言うみたいだけど・・・僕の周りでは誰も愛してるなんて言ってなかったなぁって」
 日本で千暁の名義になっている不動産や動産の管理をしてくれている叔母夫婦でさえも自分の前ではその言葉を使ったのを聞いた事がないと苦笑し、日本人は感情表現が苦手だからと黒髪に手を宛がうと、今度は三人が一斉に驚愕の表情を浮かべて千暁を見る。
 「何・・・?」
 「アキを見て日本人は感情表現が苦手だって言われてもなぁ・・・」
 「そうね。余り信じられないわね・・・」
 「・・・・・・そうだな・・・酒を飲んでも陽気にならないバイエルン人を見るようなものか」
 「な、何だよ、その驚き方はっ!!」
 失礼だと飛び上がりそうな勢いで吼える千暁を宥めるようにオルガがそっとタルトを差し出し、紅茶もどうぞと笑みを浮かべると、一瞬にして怒りを忘れたように笑みを浮かべてダンケと礼を言い、あっという間にタルトを口に運ぶ。
 「美味しい・・・!リアが作ったんだよね?今度レシピ教えて!」
 これだけ美味しいのだ、是非とも自分でも作ってみてカインに食べて欲しい。
 タルトを飲み込んだ後の素直な感想が千暁の口から流れ出し、それを聞いた三人がやれやれと溜息を零すが、それだけ好きなのだから愛してるの一言ぐらい言ってやれとリオンが肩を竦めると、千暁の顔がみるみる内に赤くなる。
 「い、言いたいけど・・・っ、でも・・・っ、どう言って良いか・・・」
 分からないんだと真っ赤になって俯く千暁にウーヴェが呆気にとられるが、何かに気付いた様に小さな笑みを浮かべて眼鏡を外すと、隣に座るリオンの胸に掌を宛がい、訝る顔に笑みを深めた顔を正対させて目を細める。
 「リーオ」
 「ん?どうした?」
 二人きりではない上に己の職場での甘えるようなウーヴェの仕草が珍しくてどきりと鼓動を早めたリオンだったが、何とかそれを押し殺して平常心で小首を傾げると、ウーヴェの手が頬に宛がわれたことに気付いて軽く目を瞠る。
 「いつも俺の杖の代わりになってくれてありがとう、リーオ。────愛してる」
 「・・・うん。俺も愛してる」
 足を悪くした自分の心身を支えてくれてありがとうと、ウーヴェが持てるだけの感謝の思いと情を込めて囁くと、リオンの顔に自信と歓喜に満ちた笑みが浮かび上がり、このままウーヴェの少し開いた唇にキスをしようとしたその時、唇にぶちゅっと押しつけられたのは、立てられた掌だった。
 「もがっ!!」
 「・・・・・・アキ、今のでは参考にならないか?」
 リオンの口に掌を押しつけつつ一瞬にして表情を切り替えたウーヴェは、ぽかんと目と口を丸くする千暁に問いかけて返事を待つが、返ってきたのは意味を成さない音の羅列だった。
 あわわわわと慌てふためく千暁に落ち着けと告げ、じとっとした目で睨んでくるリオンには無言で肩を竦めたウーヴェは、いつ言って良いのかが分からないのならば、アキが彼に対して感謝したときや愛してると伝えられたときに今のリオンの様に返せばいいと目を伏せる。
 「・・・うん、そう、だよね・・・」
 「あいつもそう鈍感じゃねぇし、アキが愛してるってのは分かってんだけどな」
 ここにはいない幼馴染みであり大半の悪事の共犯であるカインを少しだけ庇うようにリオンが肩を竦め、あいつも過去の事情から人を心底愛する事など無かったが、本当に愛しているお前にはやはり伝えたいようだとも告げると、千暁が真剣な顔でこっくりと頷く。
 「毎日の告白は私は余り好きではないけど、でもやっぱり好きな人から言われると嬉しいし心が温かくなるわ」
 「そうそう。オーヴェに愛してるって言われたらさ、胸がじわーって温かくなるんだよ」
 きっとカインもそれを知っているから、千暁に愛していると告げるんだと思うと笑い、さっきみたいなのでもやっぱり言われると嬉しいとも笑う。
そんなリオンとオルガに考え込むような表情を浮かべた千暁だが、やはり羞恥が勝ってしまって言えないと頭を振る。
 「アキ」
 「・・・・・・・・・」
 「愛してると言えないのなら、好きと言えばどうだ?」
 「え・・・?」
 「好きと愛しているの重みが違うとカインが感じるかも知れないが、言葉だけではなく態度でも示せば良いだろう?」
 まるで救いの手を差し伸べてくれるようなウーヴェの言葉に千暁の顔がみるみる内に明るく輝きだし、納得したのかどうなのか、何度も頷いては口の中で言葉を転がしていた。
 「言えないからと悩んだ挙げ句に彼に対して後ろめたい思いを持つのなら、今のきみが出来る精一杯の事をしてやればいい」
 例えばそれが疲れて帰ってきた彼を抱擁することならば、きみにしか出来ない優しさで出迎えて抱きしめてやればいいし、その温もりがあればきっと疲れた身体だけではなく心も休めることが出来るだろうと教えられた千暁は、優しい一言一言を胸の奥にそっと納めていくと、蓋をするように瞼を閉じて耳の奥で響く声に一つ頷いて目を開ける。
 「────うん。ダンケ、ウーヴェ!」
 「きっといつか恥ずかしい事など無くなって、どうしてもカインに伝えたいって思う日が来るぜ、アキ」
 カインはしっかりと受け止めるだろうから、その時はどれだけ恥ずかしいと思っていても真正面から愛してるって怒鳴ってやれと、リオンが片目を閉じつつ茶目っ気たっぷりに告げ、オルガも怒鳴ってみるのも良いわねと賛同を示してくれる。
 「うん。ありがとう、リオン、リア!」
 心の曇りがすっきりと晴れたからか、満面の笑みを浮かべて三人を見た千暁は、紅茶を飲み干してごちそうさまでしたと両手を合わせて日本式の挨拶をすると、元気よく立ち上がって頭を下げる。
 「ありがとう。・・・今すぐは無理だけど、必ずカインに言うよ」
 「アキ、あいつを頼むな」
 自分はウーヴェという掛け替えのない存在を見つけ、色々な出来事を乗り越えた今こうして笑っていられるが、どうか幼馴染みの事を頼むとリオンがひっそりと声に出せば、千暁が真剣な顔で頷いてもちろんとサムズアップをする。
 「このケーキのレシピだけど、メールで送るわね」
 「カインと一緒に食べたいんだ。だからお願い、リア」
 美味しいものは一人で食べるのではなく、大好きなカインと一緒に食べて美味しいと笑いたいと頷いた千暁にオルガも嬉しそうに目を細めて立ち上がる。
 「ウーヴェ、ベルリンフィルのレコード盤が手に入ったんだ。今度家で一緒に聞かない?」
 「良いな。じゃあその時にきみが言えるかどうかを確認しようかな」
 「えっ!?む、無理だよっ!・・・でも、絶対言うからっ!!」
 だから脅迫じみたことは言わないでと半べそを掻いたような顔で訴える千暁に苦笑し、冗談だと笑ったウーヴェの肩にリオンが腕を回す。
 「だから、お前の冗談は笑えないって」
 「うるさい」
 リオンの耳を思いっきり引っ張りながら眼鏡の下で目を細めたウーヴェは、千暁がくすくす笑いながらじゃあと片手を挙げた為、素っ気ない態度に情を込めて頷き、オルガに見送られて出て行く背中を見守るのだった。

 前日に比べれば更に春の陽気が街中に溢れている午後、休憩を取っているウーヴェの携帯がお決まりの映画音楽を流し出した為、携帯を耳に宛がって聞こえてくる声を待つ。
 『ハロ、オーヴェ!』
 「ああ。お疲れ様、リオン。どうした?」
 さすがに今はまだ仕事中だろうと苦笑したが、大丈夫だと陽気に返されて更に先を促せば、さっきカインからメールが届いたと答えられて瞬きをする。
 「どうしたんだ?」
 『ああ、うん────いつもなら真っ赤になって挙動不審になるけど、昨日は真っ赤だったけど、返事の代わりにハグしてくれたって』
 文章自体は素っ気ないものだったが、言葉の端々から伝わる感情がくすぐったかったと笑うリオンに呆気に取られるが、自分たちの忠告が素直に受け入れられただけではなく、早速実践されたことが嬉しくて笑みを浮かべて椅子を回転させ、二重窓の下を行き交う人々を細めた視界で見つめる。
 彼にとって愛しているの一言は、照れから中々言えない言葉だったのだろうが、それを伝える為のステップを一つ登った事に気付いて目を伏せる。
 「────リーオ」
 『ん?どうした?』
 昨日はお手本を見せるように告白してしまって悪かったと謝罪をし、そのお詫びではないがとも呟くと、目の前に愛するリオンがいるときのように目を細めて携帯に囁きかける。
 「Ich liebe dich,リーオ」
 『・・・ダン、ウーヴェ』
 「ああ」
 ダンケというお礼の言葉を省略するリオンだが、久しぶりにウーヴェをウーヴェと呼ぶと、同じ言葉を同じ重みでもって伝えてくる。
 それに短く返事をし、今日は早く帰れそうかと話を切り替えると、大丈夫と太鼓判を押されて苦笑し、ならば今夜はゲートルートに行こうと約束をして通話を終えた携帯をジャケットの内ポケットに滑り込ませる。 

 

 くるりと椅子を回転させたウーヴェの背後、春の陽光がきらきらと街中を照らして輝いていた。

 

2011/03/24


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