重苦しい雲が垂れ込める真冬の夜、朝から降り続いていた雨は雪に変わっていて寒いと白い息を吐きながら街を行き交う人たちは暖かさをもたらしてくれる存在やそれらを象徴する家に向けて足を速めていた。
そんな中に一見すれば悠然と歩く長身の特徴的な髪色をした青年がトレンチコートの襟を立てて風を凌いでいるが、その首元に巻かれているマフラーが青年のイメージからすれば子どもっぽさを感じさせるもので、それさえなければ完璧なのにと、ファッション評論家などから指摘されそうだった。
もっとも、批評される本人からすれば、人の身なりをああでもない、こうでもないと批評-と言う名の憂さ晴らし-されるいわれは全く無いということらしく、実際何度か雑誌の取材を受けた事のある青年は、その度に、インタビューする相手を選べと鼻先で笑い飛ばしてきたのだ。
そんな彼が己の首元を暖めてくれているマフラーの端を革手袋に包んだ手で持ち上げた時、少し離れた場所から己の名を呼ばれていることに気付いて顔を向ける。
「ごめん!遅くなった!」
「・・・謝るぐらいなら遅れるな」
「遅れたから謝ってるんだろ?」
それぐらい気付いて欲しいなと、己よりも遙かに下に見える黒っぽい大きな双眸を見下ろしつつ目を細めた青年は、雪が少し積もっている黒髪を手袋をはめた手で撫でると、己の頭上を見上げるように顔を上げた少年-に見えるがこれでも立派な成人男性-が上目遣いに青年を見上げる。
「雪、積もってた?」
「ああ。頭から風邪を引くぞ」
「ありがと」
青年のぶっきらぼうな言葉が己を気遣っているものだと知っている為、笑顔で礼を言うと言葉ではなくキスが雪の代わりに髪に一つ降ってくる。
互いに胸に秘めていた思いを告げて付き合いだしたのは半年ほど前で、二人きりでいるときに不意にされるキスにようやく慣れてきたばかりなのに、外でのそれにはまだまだ耐性がないために顔を真っ赤にした彼は、背の高い恋人を上目遣いに睨んで外でそれはやめてくれと口を尖らせるが、そんな可愛い顔をして止めろと言われて止める男なんていると思うのかと笑われて絶句する。
「~~~、もぅ、早く店に行こう!」
「ああ」
雪の降る夜に待ち合わせをしたのは夕食を外で食べる為であり、こんなに気恥ずかしい思いをするためではないとぶつぶつ口の中で不満を訴えた彼、千暁は、隣を歩く長身の恋人、カインの顔をちらりと見上げ、灰色の切れ長の双眸が視線に気付いたように見下ろしてきたため、精一杯の虚勢を張ってふふんと笑う。
「どうした?」
「頭も良くて顔もかっこいい、おまけに仕事も優秀で驚くほどの大金を一夜にして稼げる恋人を持てて僕は幸せだなって思っただけだよ」
ふふん、どうだ参ったかと胸を張る千暁を無言で見下ろしていたカインだったが、さっきまで浮かべていた冷淡なものとはまったく違う、己の視線の先にいる存在だけを愛していると言いたげな顔で微笑まれてしまい、カインに恥ずかしい思いをさせようと思って口にした言葉が跳ね返ってきた千暁の顔を真っ赤にさせてしまう。
「・・・・・・っ!!!」
「どうした?早く行くぞ、アキ」
「ぅぅぅ、わ、わかってるよっ!カインのバカ!」
「?」
日本で昔飼っていたと言う理由である日買って来た真っ赤な金魚のように真っ赤になって口をぱくぱくさせる千暁を不思議なものを見るような目で見下ろしたカインは、バカと罵られて目を丸くするものの、それが羞恥を押し隠すものであることは明白で、にやりと唇の端を持ち上げて千暁の手を取ると、そのまま無造作に己のトレンチコートのポケットに突っ込む。
「ちょ、カイン!」
「うるさいぞ、アキ」
恥ずかしいから離してくれと、限界を超えた羞恥から茹でたエビかタコのように真っ赤になる千暁に早く行かなければベルトランの美味い料理が冷めてしまうぞと囁くと、黒い髪が何度も上下に揺れる。
「ベルトラン、今日はどんな料理を食べさせてくれるのかな」
「さあな。店に着けば分かるだろ」
「確かにそうだけどさ。どんな料理か楽しみなんだよ」
「リオンやお前が食べている姿を見るのは気持ちが良いからな」
手間暇かけられた料理ならば言葉ではなく総てを綺麗に食べ尽くすという最上級の賛辞を惜しみなく送ることの出来る幼馴染みと日本からやって来た恋人を眩しそうな目で見つめたカインは、小首を傾げる千暁の手をポケットの中で握り直すと、きゅっと小さな力で握りかえされる。
恥ずかしいと顔を赤らめていてもやはり恋人とのスキンシップは嬉しいものなのか、店のドアを開けて中に入るまで結局二人はカインのコートのポケットで、自分たちの中をより深める為に繋いだ手を離さなかった。
二人の姿を見てドアを開けて待ってくれていたチーフに千暁が満面の笑みで挨拶をし、厨房で忙しく動いているベルトランに声をかけると、フライパン片手に振り返って千暁と似たり寄ったりの笑みを浮かべる。
「もうすぐ出来るから座って待っていてくれ」
「うん。今日は何を食べさせてくれるの、ベルトラン」
「出来上がってからのお楽しみだな」
ベルトランの言葉に確かにそうだと納得した千暁は、二人でこの店に来たときには座ることが多い、店の奥の外からはあまり見えないテーブルに座り、コートを脱いでマフラーを椅子にかけるが、カインのマフラーを見た千暁が嬉しそうに頬杖を付く。
「それ、前に日本で買った物だよね。まだ使ってくれてるんだ」
「・・・使い心地が良いからな」
二人にとっては辛い別れだった千暁の日本への帰国。その時に買い求めたマフラーをカインはその日から冬の間は肌身離さず使い、マフラーを使わないときにはベッドの枕の一つに巻いて常に目に入る場所においていた。
「ありがと」
「・・・・・・」
千暁の言葉にカインは言葉を失ったように視線をさ迷わせるが、驚いた様に目を丸くする年下の恋人に視線を定め黒髪をなでて前髪を撫で付けてやると、片手で頬杖をつく。
「カイン?」
「ベルトランの料理、楽しみだな」
「うん」
己とは違って自らの感情を素直に表現する千暁を眩しそうに目を細めて見つめたカインは、今もまた素直に喜びを表す頬を大きな掌でつるりと撫でた後、料理が出来上がるまで食べていてくれとの言葉とともに出されるチーズやプレッツェルをカインはビールで、千暁はアプフェルヴァインで楽しみ、メインディッシュへの期待を膨らませるのだった。
ベルトランの料理を満喫し、アプフェルヴァインでほろ酔いになった千暁を連れてタクシーで帰宅したカインは、歩きながら船をこぎ始めた千暁に溜息を一つ零すと、難なくその身体を抱き上げて広い自宅のドアを開ける。
抱き上げられて揺れるのが心地好かったのか、カインの肩に懐くように顔を寄せた千暁が酔っ払い特有の意味不明の言葉を発するが、黙って聞いているカインの耳に小さな小さな声が迎えに来てくれてありがとう、カイン、好きだとの言葉が流れ込み、ベッドにいつもよりは鄭重な手つきで下ろしたカインは、寝惚けているように目を瞬かせる千暁にもう少しだけ我慢しろと告げて着ていた服を総て脱がせると、セントラルヒーティングで暖まっているベッドルームであっても肌寒さを感じたのか、千暁が身体を震わせてくしゃみをする。
「・・・湯たんぽ・・・」
酔いはともかく眠気が覚めたらしい千暁が冬は愛用している湯たんぽを探してシーツの上に手を這わせるが、自宅アパートにあるベッドとは感触が違う事に気付いて目を瞬かせる。
「あれ、カイン・・・?」
「ああ」
湯たんぽを探す千暁の手を取ったカインがその掌にキスをした後、掌越しに驚く己の恋人に笑いかける。
「俺がいるのにそんなものを抱くな」
「・・・っ!!」
その言葉が千暁の脳味噌に届いた瞬間が目に見えて理解出来たカインがつい自然と笑みを浮かべてしまうが、真っ赤になった千暁を抱きしめてシーツに背中を沈ませる。
「カインっ!!」
「うるさいぞ、アキ」
「うるさいじゃないっ」
羞恥から抵抗する千暁の腕をシーツに押しつけて動きを封じたカインは、アルコール以外の理由から真っ赤になる千暁を見下ろすと、日頃の言動を知る者が見たらぶっ飛びそうなほど柔らかな表情で千暁の額にキスをする。
「湯たんぽなど要らないだろう?」
それより温度は低いかも知れないが寒さは感じさせない俺がいるのだからと囁くと、躊躇うようにシーツの上を滑っていた手がカインの広い背中に回される。
「・・・うん」
「良い子だ」
「子どもじゃない!」
時折自分を子ども扱いする恋人に憤懣を訴えると、確かに子どもじゃないと意味ありげに笑われて更に真っ赤になるが、自分も恋人を欲しいと思う気持ちがあることを伝える代わりに身を寄せる。
「────千暁、愛してる」
「・・・・・・ぼく、も」
愛してると声に出して告げることがなかなか出来ない千暁だが、せめてもの思いから何よりも大切な言葉を聞かせてくれる唇にそっとキスをすると、カインの灰色の切れ長の目が嬉しそうに細められる。
「カイン、大好き」
「ああ」
あの日、一時の別れを選ばなければならなかったが、今こうして一緒にいられるようになった。それが嬉しいし、自分たちの友人のように何があっても一緒にいたいと笑いそれにカインが頷いたことが嬉しくて、泣き笑いのような顔で目を閉じた千暁は、暗くなった世界で湯たんぽよりも熱いカインにしがみつくように腕を回し、熱の籠もった吐息を忙しなく繰り返すのだった。
2017.01.07
久しぶりにカインと千暁の小話です。こちらも色々あった後ですが、やはり仲は良いですね。


