012:運命の人

Uwe&Lion

 リオンの非番とウーヴェの休診日が重なった日の午後、季節は初冬と呼ぶにふさわしくなっていたが、その日は小春日和の暖かな日差しが降り注いでいた。
 ウーヴェの休暇の過ごし方と言えば本を読むか美術館に出かけるかという、目を養い心を潤すものを見聞きすることが多いが、リオンの場合、肉体の疲労を回復させる特効薬である睡眠と十分すぎる食事に全力を注ぐことが多かった。
 それ故に、お互いの休暇が重なったとしても別行動をすることがごく当たり前だったが、この日はリオンの中に眠る感性が目を覚ましたらしく、ウーヴェについて行くと前夜にのたまった為、一緒に美術館を訪れていた。
 美術展を一通り見終えた直後、リオンがなにやらもじもじとしていたため、ウーヴェが微苦笑しつつどうしたと問えば、あっけらかんとした口調で小さく叫ばれる。
 「おしっこ」
 「・・・・・・行ってこい」
 お前は幼稚園児かと、リオンの上司であるヒンケルが一日に一度は必ず発する言葉をぐっと飲み込んだウーヴェが顎でトイレの方角を指し示すと、すぐに戻ってくる、だからここで待っていてくれと言い残して脱兎のごとく走り出す。
 その背中を溜息交じりに見送ったウーヴェは、ここで待っていろとの言葉を理由に絵の前に置かれているスツールに腰を下ろして鑑賞を始めるが、その時間が思いの外長くなっていたことに気付いたのは、授業の一環で訪れた高校生らの一団が同じ展示室に入ってきたことによる集中力の低下からだった。
 かなりの時間が経過していることを時計からも確認すると、トイレがある廊下に出ようと立ち上がるが、部屋を出た所でジーンズの尻ポケットに手を突っ込んだリオンが口笛を吹きながら戻って来るのを発見し、苦笑しつつ呼びかける。
 「随分と長かったな」
 トイレが混んでいたのかと問いかけたウーヴェにリオンが一瞬目を見張った後、ポケットから手を出して親指の爪で爪をかりかりと引っ掻き出す。
 その仕草は滅多に見ないが、リオンの本心を表す大切な仕草であることを見抜いているウーヴェが逆に目を細めると、リオンの青い目が笑みの形に細められる。
 「大自然に呼ばれてた」
 「・・・・・・紙が無かったのか?」
 「隣の個室にいた人にちょうだいって言ったんだけどな、なかなかくれなくてさぁ」
 大自然、つまりはリオンが言う所のおしっこでは無く大便をしていたと返すリオンにただ無言で溜息をついたウーヴェは、次いで聞かされた言葉に引っかかりを感じて軽く眉を寄せる。
 「オーヴェ、絵ばっか見てて飽きたし喉が渇いたからアイス食いてぇ」
 「腹が痛いんじゃないのか?」
 「へ?ああ、うん、もう平気。チョコアイス食いてぇ」
 大自然に呼ばれていたのにアイスを食べても平気なのかと、ある思いを込めて問えば一瞬だけ逡巡するように蒼い目が左右に泳ぐが、あっという間に子どものような笑みに取って代わられる。
 「アイス食いてぇ」
 「ああ、分かった。ちょうど俺も喉が渇いていたからな」
 「ダンケ、オーヴェ」
 その一瞬の動作でリオンの本心を見抜いたウーヴェだったが、今ここでそれを問い詰めるのは得策ではないと気づき、自身も喉の渇きを覚えていたために併設しているカフェに行こうとリオンの腰を撫でると、今度は本心からの笑みの気配が伝わってきたため、内心胸をなで下ろしながらカフェへと向かうのだった。

 

 上がる息を何とか整えようと肩を上下させるリオンを、興奮の時にあっても日頃の冷静さを喪わないターコイズ色の双眸が見下ろしていたが、汗ばむ背中に手を宛がったかと思うと、護るように広い背中に胸を重ね、くすんだ金髪の下に見え隠れする耳朶にキスをする。
 「・・・・・・オーヴェ?まさかまだ足りねぇとか言う?」
 「うん?可愛いお前の顔をずっと見られるのならいくらでも抱いていたいな」
 「げー。誰が可愛いって?目が腐ってんじゃねぇの、オーヴェ」
 「いつもお前が言っていることを言い返しただけだぞ」
 ピロートークと言うには色気も何もないが、今日の午後に感じたものを確かめるべく、汗ばむ肩にキスをしたウーヴェは、あの時何があったと直裁的な疑問を投げかければ永遠に解答が得られないと気付いていたため、頬にキスをした後に優しく問いかける。
 「リーオ」
 「ん?どーした?」
 熱を出した後の気怠さを感じさせる声で返事をしつつ寝返りを打ったリオンは、優しい呼びかけとそれに相応しい優しい顔に見下ろされていたことに気付いて瞬きを繰り返す。
 「俺が嘘をつくときの癖を見抜いたと言っていたな」
 「へ?」
 「俺も同じだ」
 お前の嘘を見抜くことが出来るんだと笑って額に額を重ねると、触れた素肌から緊張が伝わってくる。
 「な、んだよ、それ・・・」
 「秘密だ。────リーオ」
 美術館でトイレに行ったとき何を見たんだと優しく問えばのろのろとリオンの腕が上がり、ウーヴェの背中にしがみつくように回される。
 「・・・・・・もしも、さ、ガキの頃の俺に何か言えるのならって考えただけ」
 「そう思った理由は?」
 不明瞭な声が日頃からは想像も出来ない辿々しさで説明をしたのは、トイレの窓から見えた、暖かそうな赤いコートを着た子どもと、そんな我が子の手をつないでゆっくりと歩く親子の姿から唐突に己の幼い頃を思い出してしまったという言葉で、絵に描いたような幸せそうな親子の姿に己の幼い頃を重ね合わせてしまい、ひどく胸が痛んだと素直に告白されたウーヴェは、その勇気を褒め称えるようにリオンの額にキスをし、子どもの頃のお前に何を言いたいんだと問いかける。
 「・・・・・・色んなことがあるけど、俺の人生も捨てたもんじゃねぇぞってこと」
 「・・・・・・どうして、そう思う?」
 「ん?そりゃあお前に逢えたもんなぁ」
 ウーヴェのキスを自慢げな顔で受けたリオンだったが、その言葉に目を大きく見張るウーヴェに逆にキスをすると、晴れ渡る夜空のような突き抜けた笑みを浮かべる。
 「ガキの頃は何で俺には俺だけを愛してくれる人がいないんだっていつも思ってたけどさ、お前に会うための準備だったのかなーって思えるようになった」
 俺もあの頃から比べれば成長したのかなと、今度は茶目っ気たっぷりに片目を閉じたリオンに何も言い返せなかったウーヴェだったが、再度額を重ねると、微かに感情に震える声が胸に響いて小さな鼓動になる。
 「お前に・・・・・・逢えたんだ、オーヴェ」
 その声に籠もる感情を読み取れないウーヴェでは無い為、じわりと胸を温めるものを感じつつ目を細めると、同じ言葉がもう一度繰り返される。
 「お前に逢えた」
 「そうだな」
 「そう・・・だから、もしお前もガキの頃のお前に声を掛けられるのならさ、今は辛いけど必ず笑える時が来るって言ってやれよ」
 今でも時折夢を見て魘されていることがあるが、悲しい事件を乗り越えた先で俺と出会えることを教えてやれと笑われ、返事の代わりに前髪を掻き上げて額を撫でてやると嬉しそうな顔でリオンが笑う。
 「全部お前に逢うための準備だったんだよな」
 「そう、だな」
 自分たちが子どもの頃に経験し、今も密かに抱き続けている悩みは、二人でこうしているために必要なものだったのかも知れないと笑われ、納得は出来ないが結論だけを見ればそうかも知れないとウーヴェも小さく笑う。
 「そうなんだって、オーヴェ」
 だから、ガキの俺に、俺の人生も捨てたもんじゃねぇと言いたいとも笑われ、納得した証に鼻先を触れあわせる。
 「ダンケ、リーオ」
 「あー、それは俺のセリフなんだけどなー」
 でもお互い様にしておきましょうと、二人だけの秘密を抱えたような顔で笑うリオンに頷いてその横に横臥すると、一つの枕を二人で使うかのようにリオンが顔を寄せる。
 「それにしてもさ、気付いてたのならあの時に聞けば良かったじゃねぇか」
 「お前が言った大自然という言葉につい聞きそびれてしまったんだ」
 不満を訴える子どものように小さく頬を膨らませるリオンに呆気に取られるが、あの時リオンが放った言葉が意外と琴線に触れてしまったことを言い訳にしたウーヴェは、それ以上追求されないようにするために笑みの形になっているリオンの唇にキスをする。
 「おやすみ、リーオ」
 「むぅ・・・。ん、お休み、オーヴェ」
 お互い良い夢を見ようと笑って小さな音を立ててキスをしたリオンが目を閉じるのを見守っていたウーヴェは、程なくしてリオンに眠りが訪れたことを知ると己も目を閉じる。
 互いに違う夢を見ていたとしても、仲の良さは変わらないことを証明するようにか、身を寄せ合ったまま朝を迎えるのだった。

 

2015/11/10
リハビリがてら、いつもの仲良し二人のコバナシをば・・・・・・(脱兎)


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