011.凍える指

Lion&Uwe

 いつものように仕事を終えた人々が足早に帰路に就く姿を二重窓の内側から見下ろしていたウーヴェは、眼下に広がる広場の景色と己の世界の間に白いものが交ざり始めたことに気付いて溜息を零す。
 仕事を終えた後、珍しくテレビを付けていたのだが、その時に流れていた天気予報で今夜はところにより雪になる見込みだと、キャスターが淡々と語っていたのだが、予報通りに雪が降り始めたのかともう一度溜息を零し、二重窓を白く曇らせてしまう。
 己の仕事のパートナーであり、仕事を離れれば貴重な異性の友人であるオルガはこの雪が降り出す前に家に辿り着けただろうかと思案し、広場の明かりが雪に滲んで霞み始めた為、窓から離れてデスクの端に尻を乗せて片足をだらりと垂らす。
 雪が降る前に帰りたかったが、つい先程今からそっちに向かうと陽気な声で足止めをさせられてしまったのだ。
 その声に逆らえるはずもなく、またそんなつもりも毛頭無い為に待っていることを告げたのだが、早く来ないかと足を振った時、賑やかな足音が響いたかと思うと、ドアの蝶番が外れたような激しい物音が響き、次いで真夏の太陽を思い起こさせる声が響いてくる。
 その物音に驚きを隠しきれずに肩を揺らして肩越しに顔だけを振り向ければ、視線の先には白い頬を紅潮させた青年が肩で息を整えるように大きく上下させていた。
 「お待たせ、オーヴェっ」
 「・・・・・・もう少し静かに入って来られないのか、お前は」
 仕方がないと溜息を吐きながら身体全体で振り返ったウーヴェは、雪が溶けた水滴を髪に纏わり付かせている恋人に気付いて眼鏡の下で目を丸くする。
 「や、俺が静かに入って来れば何かあったのかって思うだろ?」
 だからいつものように賑やかにやってきましたと笑われれば何も言い返すことが出来ず、もう一度肺の中を空にするような溜息を零したウーヴェにリオンが片目を閉じる。
 「そんな事よりもさぁ・・・」
 「何だ?」
 片目を閉じたリオンが何かを期待するような笑みを浮かべたが、何を言いたのかが咄嗟に理解出来なかった彼は、どうしたとにべもなく問いかけてがっくりと肩を落とさせる。
 「あーあ、本当に俺の恋人はニブいんだからなぁ」
 人から鈍いと言われたことなど未だかつて無かったウーヴェがその言葉に最大限に目を瞠って心外だと反論すれば、ならば俺が言おうとしている事に気付けと太い笑みを浮かべられて口を閉ざす。
 前屈みになって腰に拳を宛がう姿のリオンを半ば閉ざした瞼の下から睨むように見つめるが、ようやくそれに気付いた様に小さく頷いて苦笑を零した後、少しだけ低い位置にあるくすんだ金髪を胸に抱え込むように腕を回せば、正解だと言うように背中をぽんと叩かれる。
 「お疲れ様」
 「今日も頑張ってきたからもっと誉めてくれよ」
 お前の横に立てる男である為に今日も誇りを持って働いてきたから誉めてくれと、無邪気と達観が入り交じった不可思議な顔で告げられて軽く驚いてしまうが、その言葉は俺のものだと囁いてリオンの首の後ろで軽く手を組み合わせる。
 「────リーオ」
 腕で輪を作りその中に恋人の身体を閉じ込めたウーヴェにリオンが惚れてやまない綺麗な笑みが浮かんだかと思うと、待ちわびていたキスがリオンの鼻先に小さな音と共に降ってくる。
 「うん」
 ウーヴェだけが呼べる名を呼んでキスをした為、リオンが短くうんと返して目を閉じれば、瞼と頬の高い位置、そして唇に触れるだけのキスがされる。
 「へへ・・・オーヴェ、オーヴェ」
 「どうした?」
 惚れた相手から誉められる事ほど嬉しいことはない、それを実証するような笑みを浮かべて笑うリオンに目を細めたウーヴェは、背中に回されていた手が頬を包んだ瞬間の冷たさにびくりと肩を竦めてしまう。
 「あ、悪ぃ。冷たかったか?」
 「・・・随分と冷たくなってるな」
 何をしたんだと苦笑し、頬に宛がわれている手を両手で包むと同時に暖めるように掌を擦り合わせる。
 「や、雪降ってただろ?それを手で払ったら冷えちまった」
 「馬鹿」
 手袋はどうしたんだと苦い表情で見つめた後、両手の間にある大きな手に息を吹きかけ、まるで凍り付いていた様な手が少しでも早く熱を取り戻すように願いつつ擦り合わせては息を吹きかける。
 「オーヴェ・・・」
 「少しは暖かくなったか?」
 一心不乱に己の手を温める恋人の俯いた顔を見下ろしていたリオンは、じわじわと伝わる温もりと優しい心に目元がつい弛んでしまい、ふと気付いて顔を上げたウーヴェが驚愕するような表情で見つめてしまっていた。
 「・・・・・・気持ちの悪い顔をするな」
 「気持ち悪ぃはひでぇ!」
 昨日はベッドの中で散々顔が見えないのは嫌だと我が侭を言った癖にと、リオンがにやりと笑みを浮かべた直後、思わずごめんなさいと素直に謝ってしまいたくなる冷気がすぐ傍から一瞬にして伝わってくる。
 「・・・・・・何か言ったかね、リオン・フーベルト?」
 「えーと・・・その・・・」
 「何かね?」
 ブルゾンの胸倉を掴まれて細めたターコイズに睨まれてしまったリオンだったが、視線を左右に彷徨わせた後、満面の笑みを浮かべてウーヴェの額に口付ける。
 「我が侭を言っても、お前が好きって事」
 「────バカたれっ!」
 「ぃてていてて!!」
 リオンの言葉に瞬時に耳まで真っ赤になったウーヴェがリオンの耳たぶを引っ張るという実力行使に出るが、その口から流れ出す一言が単なる照れ隠しである事を熟知しているリオンが耳を引っ張られる痛みに涙を浮かべつつウーヴェの身体をしっかりと抱きしめる。
 「離せ、バカッ!」
 「・・・離しても良いのか?ん?」
 「────っ!うるさいっ、バカリオンっ!!」
 「意外と口が悪いよなぁ、オーヴェって」
 腕の中で真っ赤になってじたばたと藻掻く恋人をハグしながら溜息を零したリオンは、いい加減大人しくなれと苦笑し、ウーヴェの白い髪に手を差し入れてしっかりと固定した後ターコイズを覗き込む。
 「オーヴェ」
 「うるさいっ!」
 「はいはい。どうせ俺はいつもうるさいですよーだ」
 そんな事実を今更教えてくれなくても自分が一番分かっていると嘯いてウーヴェを絶句させたリオンは、その隙に眼鏡を奪い取ってデスクに投げ出すと、目を吊り上げるウーヴェの頬を包んで顔を寄せる。
 その動作が条件反射かまるで条件付けられた何かのようにウーヴェに働きかけるのか、そっと瞼を閉ざした恋人に良い子だと囁きながら唇を重ねれば、素直にキスを受け止める。
 「・・・ご褒美のキス、確かに受け取りました」
 ダンケと片目を閉じてウーヴェの前髪を少し暖かくなった手で掻き上げて撫で付けてやれば、己の行為が無駄ではなかった事に気付いた彼の目元に柔らかな赤味が差す。
 「・・・・・・今日は家で食べるのか?」
 「んー・・・な、パスタ食いてぇ」
 「分かった」
 それならばお前のお気に入りの店に行こうと、手の甲でリオンの前髪を逆に払ったウーヴェにリオンが歓喜の声を挙げて痩躯を抱きしめる。
 「こらっ」
 「・・・・・・オーヴェ、好きだぜっ」
 ハグしながらの突然の告白にどうしたと問いかけるが、嬉しいと好きを繰り返すリオンにやれやれと溜息を吐いたウーヴェは、早く店に行こうとその背中を撫で、己の背中に回っていた腕を掴んで頬に手の甲を押し当てる。
 さっき感じた冷たさはすっかりと消え去っていて、無意識に安堵の吐息を零して頬を一度だけ手の甲に擦り寄せる。
 「もう冷たくないか?」
 「うん。お前が暖めてくれたから、暖かくなった」
 ダンケともう一度礼を言うリオンに頷いた後、凍えそうだった手や指が温められたのならばそれで良いと笑って告げるのだった。

 

 診察室を後にする二人の背中を見守るよう、二重窓の外にはちらほらと白い雪が降っているのだった。

 

2011/03/14


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