004:欲情

Lion&Uwe

 クリニックの二重窓を通し、日が暮れるのが早くなった暗い空を見上げる事が増えてきたある日の夕方、暗い空を停滞気味にも流れゆく雲を見つめていたウーヴェは、ドアが激しくノックされる音に諦めの溜息を吐きながらどうぞとノックの主を招き入れる。
 「ハロ、オーヴェ。迎えに来たぜー」
 ノックの主は名を聞かなくても分かるリオンで、陽気な声に気分を切り替えるように再度溜息を吐くと、チェアに座ったまま腕を伸ばして手招きをする。
 「お疲れ様、リーオ」
 「うん。オーヴェもお疲れ」
 ウーヴェの優しい手に招かれたリオンがそそくさと背後に回り込むと、背もたれ越しにウーヴェを抱きしめて頬にキスをする。
 「今日も頑張ってきた」
 「そうか。・・・なあ、リオン、少し相談がある」
 リオンの腕を撫でながらキスを返して微苦笑するウーヴェにリオンがその顔を覗き込むが、どうしたと問いかけながらチェアの肘置きに軽く尻を乗せる。
 「・・・もうすぐ、クリニックを再開してひと月になる・・・」
 「そうだな」
 ウーヴェの沈みがちになる声にリオンも釣られるような真剣な声を出すが、ウーヴェの白とも銀とも付かない髪を撫でてキスをする。
 「・・・クリニックの内装もできる限り変えた」
 「そーだな。ソファも張り替えてもらったもんな」
 患者がウーヴェと対面して話す為に座るソファも、以前のものとは違う色の革張りになり、今ウーヴェが座っているチェアも別の布に取り替えられていた。
 それら総ては、年が変われば一年を迎える事件を一刻も早く忘れ去りたいが為だった。
 ウーヴェのその心の動きを理解しているリオンが何も言わずにそれらを受け止めてきたが、まだ何か変えたいものがあるのかと問いかけると、ウーヴェが己のベストを摘まんで目を伏せる。
 「・・・スーツだ」
 「へ?あの時のスーツは処分したぜ?」
 事件当時に着ていたスーツやコートの類いは、警察署から返却された後ウーヴェ自身がリオンの手を借りながら焼却処分にしたのだが、このスーツも何かを連想させるのかと問いかけると、ウーヴェが思案気に口を開く。
 「・・・今持っているスーツを、全部買い換えたい」
 例えどれほどの費用が掛かったとしても、家のクローゼットにあるスーツの類いを買い換えたいと、眉を寄せながら苦痛の滲む声で告げたウーヴェは、リオンの反応を窺うように顔を上げるが、反対の意志よりも何かを考えている様子に気付き、チェアの上で体勢を入れ替える。
 「リーオ?」
 「ん?お前が処分したいって言うのならすれば良い。俺は反対しない」
 それによって新たな出費があったとしても、それはこれから先事件の影に怯えない生活をするための必要経費だと笑うが、処分するのであれば任せてくれないかと逆に問われてウーヴェが今度は首を傾げる。
 「ホームに寄付してくれねぇか?」
 「寄付?」
 「そう。オーヴェが着ていたものだ、質が良いからバザーで売っても良いしリサイクル業者に出しても金になる」
 どうせ処分するのならどうだと提案されて顎に手を当てたウーヴェだったが、今手元に残っているものが事件を直接連想させるものではないが、気分一新を図るために処分したい思いとリオンの提案が互いの思惑に一致していることに気付いて笑みを浮かべる。
 「お前に任せる」
 「ダンケ、オーヴェ」
 「ああ」
 マザー・カタリーナやお前の弟妹達の暮らしの足しになるのならと、心からの笑みを小さく浮かべるウーヴェの肩を抱き、ダンケともう一度礼を言ったリオンだったが、その腹から見事な音が鳴り響き、二人同時に身を引いて顔を見合わせる。
 「・・・腹減った」
 「うん、そうだな。今日はジャガイモのポタージュとベーコンを焼こうか」
 「賛成。すぐ食いてぇ」
 「じゃあ帰ろう」
 今日はリアも先に帰ったので、戸締まりをして帰ろうとウーヴェが立ち上がる動作を見せると、リオンがすかさずウーヴェの手を取ってゆっくりと立ち上がらせる。
 「今日な、親父がひでぇんだよ」
 「どうした?」
 「俺が楽しみに取って置いてたチョコを全部食った」
 腹が立ったから明日の親父のおやつを全部食ってやったと、本当に酷いのはどちらだと思わず顔を見てしまいたくなるような言葉を聞かされて絶句したウーヴェは、とにかくほどほどにしろと溜息交じりに返すが、悪いのは親父であって俺じゃないと言い放たれて最早何も言い返さないのだった。

 

 クリニックでスーツの処分についてウーヴェが思いを口にしたその週末、リオンが久しぶりのデートだと鼻歌交じりに呟き、灰色の冬空なんて怖くないと悪戯小僧の顔をフロントガラス越しに空へと向ける。
 「・・・家でいつも一緒にいるだろ?」
 仕事以外ではほとんど一緒にいるのにそんなに嬉しいのかと半ば呆れつつ問いかけたウーヴェは、一緒に出かけられることも嬉しいのにどうしてそれを分からない、この鈍感男と睨まれ、眼鏡の下で目を細める。
 「誰が鈍感男なんだ?」
 「さー、どこのどなたでしょうかねー」
 ウーヴェの言葉にリオンがふふんと、嫌味な声を発するが、どちらからともなくシニカルな笑みを浮かべた後、仲直りのキスをする。
 「どんなスーツを買うんだ?」
 「そうだな、お前はどんなスーツが良いと思う?」
 車はウーヴェがいつもスーツなどを買うブランドショップに向かっていて、出かける直前に店で働く友人に連絡を取っていたのだが、クローゼット内のスーツの類いを一切合切買い換えるとなれば費用と時間が嵩むことが予想されたため、友人に一報を入れたのだ。
 ウーヴェの連絡を受けて驚き落ち込んだような口ぶりで、とにかく店で待っていると言われたことをリオンに伝え、結婚式やその後のパーティで着たスーツを作ってくれたあの個性豊かな友人は一体どんな顔で迎えてくれるのかと口笛を吹いて笑ったが、店が見えてきた事に気付き、ショーウィンドウ前の駐車スペースに一発で車を止める。
 「オーヴェはどんなスーツでも似合うからなぁ」
 でも、一番似合うのはテレビドラマなどに出てくるお貴族様が着ている皺一つ無いスリーピースのスーツだとリオンが笑いながら助手席に回り込んでドアを開けて車から降り立つのを自然と手助けすると、スリーピースが良いのかとウーヴェが苦笑する。
 「そうそう。でさ、サスペンダーして腕まくりなんかしてたらもう最高」
 「古いアメリカ映画などに出てくる感じか?」
 「そう!探偵ものとかでよくあるだろ?」
 「ああ、あるな」
 リオンが連想する最高のスーツ姿を思い浮かべつつキーワードを口にすると、リオンの顔に満面の笑みが浮かび上がる。
 「ちょっとネクタイ緩めたりとかさ、もー最高、今すぐ抱いてくれって思うもんなぁ。あ、俺が抱いても良いけど」
 「こら」
 夜の色香が滲む声音で笑うリオンを窘めたウーヴェは、ドアが開いて店員が出迎えてくれる事に気付き一礼し、今日も寒いが少しずつマシになってきたなと笑みを浮かべる。
 「そうでございますね」
 「・・・こんにちは、フラウ・アイヒマン。段々寒くなってきましたねー」
 「こんにちは、ヘル・ケーニヒ。そうですね、寒くなってきました」
 初老の紳士、ハウプトマンが開けてくれるドアを潜り、毛足の長い絨毯を踏みながらソファへと向かう直前、第一印象は最悪だったがそれ以降は最も親しくしてくれる店員、アイヒマンと笑顔で挨拶を交わすリオンにウーヴェが胸中で安堵し、今日は電話をした件でやって来たと伝え、外からは見えないソファへと案内される。
 「ブルックナーからも聞いております」
 「うん。スーツを総て買い換えたい」
 あまりこんなことは言いたくはないが、金はどれだけ掛かっても良いし時間が掛かっても構わないと、ソファで足を組んで苦笑するウーヴェにハウプトマンが目を伏せ、かしこまりましたと一言だけ口にする。
 「ブルックナーを呼んで参ります」
 「ありがとう」
 ハウプトマンが店の奥へと姿を消すのを見送ったウーヴェは、リオンが横に座らずに何やら店内を見回していることに気付き、何か欲しいものがあるのかと問いかける。
 「・・・オーヴェに似合うサスペンダー」
 「は?」
 「・・・フラウ・アイヒマン、ちょっと相談に乗って欲しいんだけど、良いかな」
 小さな声で呟いた言葉にウーヴェが軽く目を瞠るが、それに対する返事はアイヒマンに対してなされ、リオンに呼ばれてその傍に近寄った彼女は、小声でリオンが囁く言葉に何度も頷き思案する素振りを見せた後、こちらにどうぞとリオンを連れて行ってしまう。
 小物類を置いている棚の前に二人が向かったが、入れ替わりに今日もいつものように冗談みたいな化粧をした友人、ブルックナーが複雑な表情で姿を見せたため、ウーヴェが笑顔で挨拶をするものの、どうしたとつい小声で問いかけてしまう。
 「・・・少し、自信をなくしたの」
 「は?」
 ブルックナーの言葉にウーヴェの目が見開かれ、一体何があったと更に問いかけるが、体型が大幅に変わらない限りは着続けられるスーツを作ったつもりだが、己が思うよりも早くにクローゼットの中身を入れ替えると聞かされてショックを受けたと、頬に手を宛がって今時の少女でもしないような仕草で溜息を吐かれてしまい、思わず絶句する。
 「ねぇ、ウーヴェ、私、あなたがそんなにすぐに飽きてしまうようなスーツを作ったかしら?」
 金持ちの道楽でスーツを買い換えるのならば話は別だが、あなたはそんな人じゃないのにと、心底悲しんでいる事を示すように伏し目がちに問われて何と返すべきか思案してしまったウーヴェだったが、誰に対しても誠実でありたいと常に願っている気持ちから咳払いをし、友人の名を呼ぶ。
 「マルセル、飽きたから買い換えるんじゃないしお前の腕が悪いだなんて思っていない─────足の傷、の事件の時のものを、・・・処分したい、んだ」
 事件が無ければ今家にあるスーツを出来るだけ大事に着ていたかったと、左腿を撫でながら微苦笑するウーヴェにブルックナーの目が限界まで見開かれ、口に手を宛がって息をのむ。
 「・・・私、自分のことしか・・・っ」
 「・・・俺はここでしかスーツを買っていないからクローゼットにあるスーツのことは全部分かってくれているだろう?」
 クローゼットの中を分かって貰えていると言う事は、好みの生地やデザインなども知ってくれているだろうし着回しのことも考えれば楽だと、信頼している事をそんな言葉で笑ってウーヴェが伝えればブルックナーが腿の上で手を握りしめるが、そういうことなら任せて欲しいと笑みを浮かべる。
 「既製でも良いしオーダーでももちろん全力で応えるから、どんなものが欲しいか選んでちょうだい」
 「ダンケ、マルセル」
 心底安堵した顔で頷くウーヴェだったが、いつ戻ってきたのか、ソファの背もたれ越しにリオンが腕を回してきた事に気付き、そっと撫でて何か良いものがあったのかと問いかける。
 「あった。なー、マルセル、オーヴェってスリーピースのスーツが絶対に似合うと思わねぇ?」
 「ウーヴェには皺が一つも無いピシッとしたスーツをいつも着ていて欲しいわね」
 「だろ?で、今フラウ・アイヒマンにサスペンダーを選んで貰ったんだよ」
 ウーヴェを挟んで突如交わされる会話に、それを着て欲しいと思われている本人が口を挟むことが出来ず、何とも言えない顔で溜息を小さく零したとき、ハウプトマンが珍しく笑みを浮かべながら生地見本を片手に戻ってくる。
 「・・・ウーヴェ様、今取り扱っている生地でございます」
 「・・・ありがとう、ハウプトマン」
 「小物類も必要になるかと思いますが、いかがいたしましょうか?」
 長年の付き合いがもたらしてくれる丁寧さに心地よい思いをしながらも、少し見て回りたいが良いかと苦笑するウーヴェにハウプトマンが丁寧に礼をし、ウーヴェの前に持ってくることを控えているスタッフに伝えるが、気遣いありがとう、でも大丈夫だとやんわりとそれを断る。
 「マルセル、とりあえず週明けから着る用のスーツを二着ほど見て欲しい」
 「既製でも良いのね?」
 「ああ。オーダーは時間が掛かるだろう?」
 マルセルのスーツは本当に着心地が良い、だからそれが揃うまでの間、既製のスーツを着ると笑うウーヴェにブルックナーの顔に更に笑みが浮かび、何かを察したらしいリオンがウーヴェにしがみつくように腕を回す。
 「オーヴェは俺のダーリンだから。やらねぇから」
 「それぐらい分かってるわよ!」
 リオンとブルックナーのウーヴェを挟んだ遣り取りが再度交わされ、いきなり何を言い出すんだと目を白黒させるウーヴェにハウプトマンがこれまた珍しく呆然とした顔で見つめ、背後に控えていたアイヒマンも同じような顔で見つめてしまう。
 「────いい加減にしないか、二人とも」
 そんな二人の様子にウーヴェが極低温の声を発するだけでは無く、横に立てかけてあったステッキを握って絨毯を一つ叩くと、ウーヴェを挟んだ前後でブルックナーの巨体とリオンの身体が竦み上がる。
 「・・・う」
 「う、じゃない」
 「・・・ごめん、なさい」
 二人同時に睨みをきかせて咳払いをしたウーヴェは、ハウプトマンに恥ずかしいところを見せたと詫びるが、まるで子どもや孫を見つめる様な顔で頷かれてわずかに赤面してしまう。
 「・・・・・・まったく」
 お恥ずかしいところを見せたと苦笑するウーヴェにハウプトマンが好意的に目を細め、こんなことを言っては失礼かと思いますがと前置きをした後、リオンと一緒に来るようになってからウーヴェの雰囲気がかなり変わった事を伝えられ、お客様に対して失礼かと思いますがと微苦笑されてしまう。
 ウーヴェが働き出してから初任給で買ったスーツがここのものだったが、それ以来ほぼここでスーツやそれ以外の服を買っているが、そのように思われていた事が新鮮でもあり面映ゆくもあり、白っぽい髪を左右に振って一つ肩を竦める。
 「あなたを見ていると祖父というのは孫に甘いのかな、と思ってしまうな」
 直接的ではないが、己の変化を喜んでくれている事への感謝の言葉を伝えると、ウーヴェの真意をしっかりと読み取っているのか、ハウプトマンがそうかも知れませんと微笑ましそうに目を細める。
 「リーオ、スーツの生地を一緒に選んでくれ」
 ウーヴェに叱られて悄気ているリオンの腕を撫でてスーツの生地選びを一緒にしてくれと再度伝えると、リオンの顔に徐々に笑みが浮かび、ウーヴェの横に座って生地見本を捲っていく。
 「紺とか明るいグレーとかも良いよなぁ」
 「そうか?」
 「そう。ベージュとかも好きだな」
 二人肩を並べて生地見本を捲る様子をブルックナーとハウプトマンが見守っているが、ウーヴェ好みのデザインのスーツを探すためにブルックナーが席を外し、ハウプトマンが二人の質問に丁寧に答えていくのだった。

 週明けの仕事に着ていくスーツをウーヴェが試着しているのを、少し離れた場所から見守っていたリオンは、試着室からウーヴェが出てきた事に気付いて背中を預けていた壁から離れるが、希望通りの細身の紺のスリーピース姿に思わず息を飲む。
 「・・・やべぇ」
 「どうした?」
 全身が見える大きな鏡でスーツを着用した姿を確認しているウーヴェがリオンの低い呟きに反応して振り返り目を丸くするが、さっきのサスペンダー付けたらマジで最高と返されて瞬きを繰り返す。
 ジャケットのボタンを外し、中のベストも決まり通りの着用をしているウーヴェを前に、ヤバイマジでヤバイと繰り返し口元に手を宛がって視線を逸らすと、一体どうしたと苦笑しつつウーヴェが足を引き摺りながらこちらに向けて来ようとしたため、気持ちを切り替えるように頭を振り、ウーヴェに向けて一歩を踏み出す。
 「やっぱり俺のダーリンは格好いいなーって思っただけ」
 「なんだそれは」
 「や、マジで格好いいんだって」
 ベストの腰の上の調節するためのものもそうだが、腰のラインがそれによって強調されている後ろ姿なんかマジで最高、今すぐ脱がしてしまいたいとウーヴェの耳に囁きかけると、ブルゾンで見え隠れする腰をウーヴェの手が抓る。
 「いてっ」
 「バカたれっ」
 「いてて。ごめーん、オーヴェ」
 「うるさいっ」
 試着室前の大きな鏡の前で始まったいつもの騒ぎにアイヒマンが何事かと顔を出し、ハウプトマンもひょっこりと顔を出すが、ウーヴェの試着を手伝っていたブルックナーがいい加減して早く他のスーツも合わせて頂戴と茶色い声を張り上げる。
 「まったく!仲が良いのは分かってるんだから早くしてちょうだい」
 「・・・お前のせいで怒られただろう?」
 「あー、人のせいにすんなよ、オーヴェ」
 再び始まりそうなそれをブルックナーの無骨だが繊細な手作業も出来る手が遮り、次のスーツを合わせるからとウーヴェを試着室へと連れ戻し、今度はリオンも一緒になって試着を手伝うのだった。

 

 「やっぱりオーヴェにはスリーピースを着て欲しいなぁ」
 「まだ言ってるのか」
 運転席でのんびりとした声を上げて助手席の伴侶に告白したリオンは、そんなに好きなのかと、あからさまに呆れた声が返ってきたことに目を丸くする。
 「えー、さっきも言ったけどさ、腰のラインがすげぇエロい」
 「バカたれっ」
 ベストを着ているときに後ろから見た腰のラインがマジでヤバイと、言語中枢が麻痺しているのかとウーヴェが嫌味を言いたくなるような直裁的な言葉を並べ立てる。
 「話してるだけでもやべぇ」
 想像するだけでゾクゾクすると身体を震わせるリオンに呆れたウーヴェだったが、何を思ったのか、その耳に顔を寄せて何事かを囁きかけると、アクセルを踏む足に力がこもったのか、急にスピードが増した気がし、安全運転を頼むと囁き窓枠に肘をつく。
 「・・・オーヴェのイジワル」
 「どうしてだ?安全運転をしてくれと言っただけだろう?」
 それがどうして意地悪になるんだと、眼鏡の下で目を細めながらリオンを見つめたウーヴェに、蒼い目がじろりと横目で睨んでくる。
 「人の欲情煽っておきながら涼しい顔してんのがムカツク」
 「ほぅ。ムカツクのか。そうか。せっかく今夜はチーズフォンデュにしようと思ったけど、作るのが面倒になったなぁ」
 「あ、ウソウソ。ムカツクなんて誰が言ったんだよ」
 「・・・・・・」
 ウーヴェの一言にリオンがすかさず前言撤回をし、お願いだからチーズフォンデュを食わせてくれとステアリングを握りしめる。
 「久しぶりにあちらのバスタブに湯を張ろうか」
 「・・・ダーリン、優しくしてくれる?」
 「どうしようかな」
 リオンが繰り返す、スーツ姿の己に対して欲情を抱いたとの言葉にウーヴェも密かに腹の奥に火が点いていたのだが、それを顔には出さずに普段と何ら変わらない表情で今夜は俺が抱くと二人だけが理解出来る言葉で伝えると、リオンの目が言葉とは裏腹に挑発的に細められ、駐車場の定位置に車を止めると同時に鼻先が触れあう距離に顔を寄せる。
 「チーズにあうワインも選ばないとな」
 「賛成。あ、スパークリングとかはナシな」
 好きなワインを飲んでほろ酔いになったお前を抱くときは積極的になってくれて嬉しいが、お前が抱くときは俺が止めろと言ってもまったく聞き入れてくれなくなるとリオンが笑い、ウーヴェもにやりと笑みを浮かべるが、助手席のドアを開けられて差し出される手に手を重ねて車から降り立つ。
 「じゃあさ、夜の楽しみも決まったことだし、早く上がろうぜ」
 「ああ」
 荷物を二人で分担し、家族が贈ってくれたステッキをついたウーヴェの横に並んだリオンの笑顔にウーヴェも小さく笑みを浮かべ、エレベーターに乗り込むと同時にリオンの頬に素早くキスをすると、今日は買い物に付き合ってくれてありがとうと礼を言う。
 「・・・最高に格好いいお前の姿が見られたから今日のお出かけはご褒美だな」
 「何だそれは」
 エレベーターの中でいつものように他愛もない言葉を交わし、晩飯が楽しみだと笑うリオンにその前にクローゼットの整理がある事を伝えるが、片付けに対する不満を一瞬で顔中に浮かべたリオンの背中を軽く叩き、ご褒美も用意してあると囁いて不満をやる気へと変換させるのだった。

 

 月曜日の朝、リオンとブルックナーの見立てで購入したスーツを着、クローゼットの前で着心地と見た目の再確認をしたウーヴェは、隣でリオンがネクタイを肩に引っかけた姿でにやにやしている事に気付き、腰に一つ拳を宛がう。
 「いて」
 「いらしい目つきをするな」
 「えー、良いじゃん」
 先日も何度も言ったが、ベストを着ているときの腰回りが最高なんだと、その箇所を己の手で撫でてウーヴェの身体に伝えたリオンは、溜息を吐くだけで何も言わないウーヴェに小首を傾げるが、あまり変な事ばかり言うとこの間の夜のように泣いて謝っても許してやらないぞと、青い石のピアスが填まる耳朶に囁きかける。
 「・・・・・・どっちがいやらしいんだよ」
 あの夜、ご褒美と称したそれはそれは恐ろしい時間の最中の己の痴態を思い出して珍しく赤面したリオンだったが、朝から興奮する事を思い出させるなと頭を振って声を少しだけ大きくする。
 「・・・ダーリン、ネクタイ結んで」
 「ああ」
 出勤するときのお約束をしてくれとリオンが笑いウーヴェも頷いてネクタイのノットを手際よく巻いていき、今日もいつものように男前になったとその胸を一つ叩く。
 「今日も頑張って来い」
 「お前も、オーヴェ」
 これもまた恒例の言葉を交わし互いの手の甲にキスをした二人だったが、リオンの方が一足早く家を出なければ遅刻する事に気付き、行ってきますのキスも交わし合うとリオンを見送り、最愛の伴侶が手放しで褒めてくれたスーツ姿を再度クローゼットの鏡で確認すると、ステッキを着いて職場に向かうために家を出るのだった。

 

 

2018.03.21
相も変わらずの仲良しですが、ベストを着用している男の人って格好良いですよね。ね?


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